カミソリのような天才肌ではない。圧倒されるような威圧感もない。それでも彼が現在の将棋界のトップであることは、紛れもない事実だ。
「名人戦のことは、これから考えます。もちろんある程度の対策や作戦は練りますが、羽生さんとの勝負は、自分がベストの力を出せなければ、勝つことはできません。結局は、一局ごとに集中するということしかないんです。徐々に気持ちを高めていければいいと思っています」
4月8日に開幕する第72期将棋名人戦。森内俊之竜王・名人の挑戦者が、羽生善治三冠に決定した。9回目の顔合わせは史上最多タイで、4年連続は史上初めてだ。
「さすがに新鮮とは言えませんが(笑)、羽生さんとの対局には毎回発見があります。羽生さんと戦うことで、より深く将棋を知ることができるんです」
過去8回は、森内の5勝3敗。ここ3年は、3連勝している。森内は、著書『覆す力』(小学館新書)で、羽生との関係をこう綴っている。
『私と羽生さんの関係をよく“永遠のライバル”、“終生のライバル”などと言う人がいるが(中略)、ライバルというのは、もっと拮抗した実力を持つ者同士のことを称するのではないだろうか。(中略)互いにプロになってからの対戦成績は、五十七勝六十六敗と私が負け越しているし、生涯勝率も私が六割四分一厘であるのに対し、羽生さんは七割二分二厘。(中略)ライバルというよりも、終わりなき将棋の道をともに歩き続ける仲間であり、永遠に追いかけ続ける目標だ』(勝敗数、勝率は、すべて1月8日現在)
将棋界ではこれまで、一番強い“指し盛り”は、二十代後半から三十代前半と言われてきた。しかし四十代の森内、羽生らがその常識を変えつつある。
「四十歳を超えてから、記憶力や集中力にも衰えを感じるようになりました。でも逆に長年将棋を指し続けてきたことで養われた感覚、大局観で衰えを補えるのではないかと考えています」
昨年末には、次代を担うといわれる二十九歳の渡辺明現二冠から竜王位を奪取。衰えるどころか、ここにきて、さらに強くなったという声も多い。
「渡辺さんと戦ったことで、改めて将棋の面白さ、奥深さを知ることができました。もっと自由に将棋を楽しみ、少しでも長い間、第一線で指し続けることができたらいいなと思っています」
謙虚だからこそ、自らの弱さを省みることができる。それこそが“特別ではない”森内の強さの秘密だ。謙虚さを武器に、さらなる高みへ。彼はこれからも進化を続けるのだろう。
取材・文■川上康介 撮影■藤岡雅樹
※週刊ポスト2014年2月28日号