女性向け官能小説が人気を集めている。従来の男性市場への女性の参入は今や珍しいことではないが、官能の世界でもそれが起きているのだ。出版社が新しいレーベルを立ち上げ、電子書籍配信を始めるなど官能小説自体の多様化も進んでおり、官能は必ずしも秘するものではなく、ひらかれたコンテンツになりつつあるようだ。
「官能小説という意識では買っていないですね。表紙も綺麗だし、一般的な小説を買って読むのと同じ感覚です」
KADOKAWAメディアファクトリーの女性向け官能小説レーベル「フルール文庫」を愛読する20代女性はこう話す。昨年創刊された同レーベルの装丁は少女漫画タッチのものが多く、一見しただけでは官能小説と分からないかもしれない。同レーベルを支える編集スタッフは全員女性だ。他にも、一昨年の創刊以来売り上げを伸ばしているという集英社の「シフォン文庫」や、イースト・プレスの「ソーニャ文庫」など、女性向け官能小説レーベルは続々と誕生している。
こうした官能小説レーベルに限らず、官能を描く女性作家の活躍は目覚ましい。官能小説の第一人者ともいわれる団鬼六の名を冠した団鬼六賞。これまでの受賞者はいずれも女性(第1回:花房観音氏、第2回:うかみ綾乃氏)である。「女性が書く、性をテーマにした小説」をコンセプトにした新潮社のR-18文学賞は、窪美澄氏や宮木あや子氏といった人気作家を輩出してきた(第10回まで/第11回からはコンセプトをリニューアルした)。
“女性向け”官能小説は、男性向けのそれとはどう違うのか。官能小説やコミック・ノベルを数多く手がける作家の内藤みか氏は特徴をこう語る。
「男性向けの官能小説には官能描写が5割以上ありますが、女性向けは3割程度です。そのかわり、主人公の相手となる男性がどんな顔をしていて、どんな性格で、どうやって恋に落ち、どう恋を育んでいくか、恋愛のプロセスが丁寧に描かれます。最近の人気は、身近にありそうな超リアルな恋か、ほとんどあり得ない非現実的な恋のどちらかですね。後者の例に“砂漠もの”があります。ドバイの王子様と恋に落ちるような話。現代のお金持ちといえば、石油で潤っていそうなアラブの国々がイメージされるようです。
官能小説を読む読者の深層には、多かれ少なかれ、欲求不満があるのだと思います。それは性的なものだけではなく、精神的、金銭的な不満。現代の女性は様々なストレスにさらされていますから、官能小説で一瞬でもそれらを忘れられればいいですよね」
読者の年齢層の広がりとともに、登場人物の年齢もあがりつつあるという。「最近、王子さまならぬ、“おじさま”も登場しています。40~50代の制服のおじさまと、主人公が恋愛をする。これまでは、登場する男性は若くてイケメンが主流だったのですが、今後は、大人の恋愛を描く官能小説が増えるかもしれません」