〈仲間を連れた若い男が、嫌がる女性を自宅に連れていき、無理やり結婚させる〉中央アジアの国キルギスで今も行なわれる「誘拐結婚」(原語の「アラ・カチュー」は「奪って去る」の意)。誘拐する男は、顔見知りの知人から、一度も会ったことのない相手までさまざまだ。20年前に法律で禁止されたが、公権力が介入することはほとんどなく、国民の7割余りを占めるキルギス系民族の女性の3割が「誘拐結婚」だと推定される。
遊牧民時代にあると見られる起源の詳細は不明だが、旧ソ連邦時代に、近代以前に主流だった親の決めた結婚に反発し、一種の駆け落ちとして「アラ・カチュー」が盛んに行なわれ、それが次第に一方的なものに変わったという。
その実態を取材したフォト・ドキュメンタリー『キルギスの誘拐結婚』(林典子写真・文/日経ナショナル ジオグラフィック社刊/本体2600円+税)について、近著の『精神論ぬきの保守主義』(新潮選書)などとともに、統一教会の信者だった青春時代を告白した著書『Nの肖像──統一教会で過ごした日々の記憶』(双風舎)があり、合同結婚式に参加した経験がある金沢大学法学類教授の仲正昌樹氏に聞いた。
──この「誘拐結婚」を人権侵害と見るか、文化的な慣習と見るか議論があり、著者もどう伝えるべきか悩んだようです。
仲正:「誘拐結婚」と名前は勇ましいのですが、その実、中途半端な印象を受けます。というのは、突然、男性とその仲間がやってきて、女性を車に押し込み、男性の家に連れ去るといったように、出発点はまさに拉致監禁です。ところが、仔細に見ると、古代の略奪婚などのように無秩序、無差別にやっているわけではないことがわかる。
まず、誘拐対象は同じ民族の未婚女性に限られ、若い日本人女性である本書の著者などは最初から対象外のようです。また、一部の例外を除けば、誘拐して、強姦して、子供を孕ませて……と、最初から最後まで暴力的なわけではなく、いったん家に連れてきたあとは、男性の親族の女性たちが、結婚を受け入れるよう説得するんですね。