シリアで、アル・カイーダ系の反政府武装組織「イスラム国」が“民間軍事会社”経営の湯川遥菜氏(42)を拘束した。広島市北部の豪雨による土砂災害では休暇を切り上げ官邸に戻り指示を出した安倍晋三首相だが、この事件では自ら表だった対応を見せていない。
かつて安倍首相は、2004年のイラク人質事件(※注)の際、自民党幹事長として人質解放後、「山の遭難では、救助費用は遭難者・家族に請求することもあるとの意見もあった」と、いわゆる「自己責任論」を展開した。
【※注】イラク戦争中の2004年に武装勢力が現地で日本人計5人を誘拐・拘束し、自衛隊の撤退などを求めた事件。
今回も同じ論理のつもりかもしれないが、それでは現政権の政策や基本姿勢と決定的に矛盾する。5月15日、集団的自衛権行使容認に向けての動きを加速させる安保法制懇の報告書提出を受けて、安倍首相は記者会見でこう述べている。
「現在、アジアで、アフリカで、たくさんの若者たちがボランティアなどの形で地域の平和や発展のために活動をしています。(中略)彼らが突然武装集団に襲われたとしても、この地域やこの国において活動している日本の自衛隊は彼らを救うことができません。(中略)その命を守るべき責任を負っている私や日本政府は、本当に何もできないということでいいのでしょうか。内閣総理大臣である私は、いかなる事態にあっても国民の命を守る責任があるはずです」
もちろん、今回の事件は集団的自衛権が発動されるケースではないし、湯川氏が「地域の平和や発展」のために活動していたかはわからない。
しかし、湯川氏は日本国政府が発行したパスポートで渡航した日本人である。「いかなる事態でも」とわざわざ強調し、情緒に訴えかけて反発を受けるであろう施策への支持を取り付けようとした以上、自分が口にした通り、国民の命を守る責任を果たしてみせるべきだ。
※週刊ポスト2014年9月5日号