朝日新聞は32年かけて慰安婦報道の誤報を認めたが、しかしその報道が日韓関係にどのような悪影響を与えたかについての検証は、いまだにない。ベストセラー『朝日新聞元ソウル特派員が見た「慰安婦虚報」の真実』(小学館)の著者であるジャーナリストで元朝日新聞ソウル特派員の前川惠司氏が、古巣に代わって検証した。
* * *
朝日新聞は9月11日の木村伊量社長による、東電福島原発事故での「吉田調書」報道の取り消しと謝罪を主とした記者会見で、精力的な報道を続けてきた従軍慰安婦報道についても、「吉田証言」を取り消したなどと、初めて謝罪した。
ただし、木村社長は、「朝日新聞の慰安婦報道が日韓関係をはじめ国際社会に与えた影響について」は第三者委員会で徹底して検証してもらうと述べたにとどまり、朝日新聞の報道が韓国社会にどれほどの影響を与え、日韓関係に深い傷を与えたかは言及しなかった。実際には、どうだったか。検証するうえで、見逃せないのは、韓国では国内メディアより日本メディアの報道が真実だと信じられた時代が、永く続いたということだ。
1961年5月16日の朴正煕軍事クーデーター以後、1965年の日韓国交正常化から1987年の民主化宣言まで、日本のマスコミ、特に新聞が、韓国社会に与える影響力はとても強かった。
背景には、韓国マスコミが、政府に言論統制で首根っこを押さえられていただけでなく、経営的には、言論弾圧の反作用で新たな競争相手の出現を心配する必要はなく、開発独裁下の経済成長に合わせて、広告媒体として独占的な、部数も安定していた時代でもあったとの事情がある。
それで、紙面では反独裁だが、同時に軍事独裁の享受者という二つの顔を持っていた韓国マスコミに不信感を抱く国民も少なくなかった。
一方、日本マスコミは、命まで狙われていた反政府政治家、金泳三氏や金大中氏の活動を国際社会に伝え、国際的な関心を呼び起こし、民主化への動きを励まし続けていた。だから、韓国の人々は韓国メディアより日本メディアを信用し、とりわけ反政府運動家などは、日本メディアに期待していた。政権に睨まれ、支局閉鎖に追い込まれたこともある“権威ある”朝日新聞への信頼はとりわけ高かった。
そうした記憶が、自国のことなのに、無批判に朝日新聞の慰安婦報道を信じ込むことにつながった面はあるだろう。