天皇・皇后は行幸啓を除けば、1年の大半を御所(皇居)で過ごし、一般のレストランなどで外食することはほとんどない。天皇の食事を作るのが、宮内庁管理部大膳課に所属する料理人である。まさに天皇の健康と胃袋を支える彼らは、数少ない「オク(天皇の日常生活)」を知る存在といえる。
かつて昭和天皇に「料理番」として仕えた和食料理人・谷部金次郎氏(68)と、フレンチシェフ・工藤極氏(63)が、今まで語られることのなかった「天皇家の食卓」について明かした──。
矢部:私が大膳課に入ったのは1964年でした。まさか17歳で天皇陛下の料理人になるとは露ほども思っていなかった。その年の新年祝賀料理でのお手伝いで大膳課に縁ができ、その後、欠員が出たときに面接を受けて採用されました。
工藤:僕は直木賞作家の杉森久英氏の『天皇の料理番』のモデルになった主厨長(料理長)の秋山徳蔵さんに影響を受けてこの世界に入りたいと思った。
秋山さんは大正期から昭和期にかけて58年間宮中に仕えた、日本のフランス料理界の神様のような人でしたから。学習院の教諭をやっていた父に頼んで宮内庁に紹介してもらったんです。
谷部:私を面接してくれたのが秋山主厨長でした。天皇の料理番としての原点を教えていただきました。年齢を重ねて和食を好むようになった陛下のために、秋山さんが還暦を過ぎてから板前修業をしたのは有名な話ですね。
工藤:朝は洋食がほとんどで、オートミールかコーンフレーク、トースト、あとは温めた野菜とおかずが1品でした。
谷部:昼食と夕食は和洋入れ替わりで、昼が和食なら夜は洋食。時々お出しする中華は第一係の中で中華の心得がある料理人が作ります。ラーメンをお出しすることもありました。