牛丼は今や日本の世相を映す鏡である。2014年、大揺れに揺れた牛丼界は2015年も注目の的であることは間違いない。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が語る。
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2014年も日本は肉ブームに沸いた。牛丼も例年通り話題になったが、「肉ブーム」とは少し違う文脈だった。そこからわかったことは、さまざまな意味で牛丼は日本を”象徴”する食べ物だということだった。
もともと牛丼業界は何かと話題にのぼりやすい。安価で身近なファストフードであること、そのため価格やメニューが世情に左右されやすいこと、吉野家、松屋、すき家という3大チェーンの寡占市場であり、メニューに変更があった際には広範囲で話題になる。
まず2014年の各社の牛丼(牛めし)並盛りの価格の推移を見ていこう。年明けは、3チェーンとも前年末の価格どおり、1杯280円でスタートした。一度目の転機は4月の消費税増税だった。それまでの5%が8%になり、まずここで各社の対応が割れた。
どこより早く価格改定に動いたのは、店舗数がもっとも多いすき家だった。しかも増税だというのに10円値下げし、並盛り=270円とした。増税でサイフにゆとりのなくなる層を総取りして、客数を伸ばす狙いがあったという。もともとすき家は”御三家”のなかでは、定常的に牛丼を最安値で提供してきたこともあり、他社が値上げに踏み切るなか、世間へのインパクトを狙う、ある意味では「らしい」選択だったとも言える。
もっとも8月には291円へと値上げを選択することになり、その上、”ワンオペ”に象徴される労働問題も発生。これを契機に他チェーンでも24時間営業から撤退する店舗が出現し、自チェーンだけでなく牛丼業界の常識を打ち破るきっかけまでつくってしまった。
次に価格改定を決定したのは吉野家だった。こちらは増税分の10円(正確には8.7円)ではなく、20円を値上げして300円に。増税以外にも円安など複数の値上げ要因があったが、その中で肉質の改善などに「20円」の理由を盛り込んだ。ところが、4月時点で1米ドル=102円前後だった為替レートが夏以降、急激な円安に。松屋などが比較的通貨レートの変動がゆるやかだったオーストラリア牛なども含めた原料仕入れを行うなか、「米国産牛」にこだわる吉野家は円安の直撃を受ける。
円が高かった時期の買い付け分や利益率の高い「鍋」メニュー分のなどで数か月は耐えたものの、12月に並盛りの価格を再度改定。380円への値上げを断行した。
最後に松屋。もしかすると昨年の牛丼業界でもっともスリリングな取り組みを行ったのは、松屋だったかもしれない。4月の消費税増税タイミングでは特に味を変えることなく、10円の値上げのみにとどまった。ところが、7月にチルドされた熟成牛肉を使った「プレミアム牛めし」(並)を90円アップの380円で一部店舗に投入して業界をあっと言わせた。
従来の290円のふつうの「牛めし」をラインアップに残す店もありながら、別の店舗では「プレミアム牛めし」を提供する。肉を煮鍋に入れっぱなしにするのではなく、いったん加熱したあと取り出しておき、提供直前にあたためる手のかけよう。確かに味はよくなったが、店員の手数は増える。プレミアムを導入した店舗でも、通常の「牛めし」に戻す店舗も出始めた。
3大チェーンすべてが1年の間に2回ずつ価格改定を行うという超異例の事態の裏には各社それぞれの思惑があり、そこには日本社会の縮図が透けていた。まず低価格デフレ路線はもはや限界だった。これ以上デフレが進むと組織が機能しなくなることを「すき家」が身を持って示してくれた。ただし厳しい状況でも破滅的なモラルハザードが進むわけではないという点は安心材料と言えるモデルケースなのかもしれない。