世宗大学の朴裕河(パク・ユハ)教授が一昨年8月に韓国で出版した『帝国の慰安婦』は、慰安婦問題について日韓双方の責任に触れた書である。ところが、今年2月17日にソウル東部地裁は「34か所の削除に応じない限り出版を差し止める」との決定を下し、事実上の発禁処分にあっている。同書は、朝日新聞出版から昨年11月に日本語版が出ている。
「(早稲田大学文学研究科で博士号を取得した)朴氏が日本語で書き直した。論旨は同じだが、表現を変えたり加筆したりした部分があり、構成も変えている」(朝日新聞出版担当者)
日本語版は国内の書店で手に入るが、それを見ても、どこが「34か所の削除命令」に該当するのかはわからない。
韓国の裁判資料をもとにどんな記述に削除命令が出たのかを紹介する。まず「慰安婦は強制連行されていない」という部分を削るように求めている。
〈慰安婦たちを誘拐し、強制連行したのは、少なくとも朝鮮では、そして公的には、日本軍ではなかった〉(『帝国の慰安婦』38ページ=韓国語版、以下同)
旧日本軍が強制連行を行なったことを示す史料は一つもない。つまりこの部分は単に史料の分析結果を述べただけだが、「名誉毀損の恐れがある」として削除対象になった。事実よりも「親日」の記述を糾弾することが優先された。
元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏はこういう。
「朴氏の著書では、朝鮮の女衒(人身売買の仲介業者)が女性を誘い出して慰安婦にしたという事実を紹介しているのですが、原告はとにかくすべて日本軍の責任で、そうでない記述は名誉毀損だと主張しています。日本を悪者にしないと自らの存在意義が失われてしまうからです」
戦時中に日本人と朝鮮人が「同胞」だったことを示唆する部分も削除対象とされた。
〈慰安婦の本質を見るためには、朝鮮人慰安婦の苦痛が日本人娼婦の苦痛と基本的に変わらないということをまずは知っておく必要がある〉(33ページ、傍線部が削除命令の出た部分)