8月8日の運行開始を間近にしたJR九州の観光列車「或る列車」(大分~日田駅間)。車両から乗務員のカバンまで、すべてのデザインを手掛けた水戸岡鋭治氏(68)が感慨深げに精緻な意匠の白い格天井を見上げた。
「目に入るものすべてに意味があるデザインにしています。だから、何度乗っても新たな発見が必ずあります」
2両編成の内装には既成品を使わず、ネジ1本に至るまですべてオリジナル。木材を多用し、九州の工芸と匠の技で重厚な空間を作り出した。また、特注のステンドグラスと組子が対面のカーブした壁に映り込み、広がりと奥行きを演出する。
「客室は劇場のようなものです。一歩足を踏み入れた瞬間、スタッフもお客様も舞台の登場人物になる。最高の舞台を用意すれば、誰もが最高の演技をしてくれる。そして、旅という最高の舞台を皆で作り上げたいというのが私の願いです」(水戸岡氏)
こうして完成した「或る列車」は、数奇な運命を経て蘇った“幻の豪華列車”だ。1906年、当時の九州鉄道がアメリカの車両メーカーに5両編成の客車を発注。だが、日本に到着後、九州鉄道が国有化されたことで運行が白紙となり、結局、一度も本格的に運転されることなく廃車となった。
今回復活のきっかけになったのは、鉄道模型作家・収集家として知られる故・原信太郎氏が残した模型だった。原氏は、子供の頃に東京・田町の操車場に放置されていたこの列車に魅了され詳細にスケッチ、後に模型を作った。そして3年前、横浜の原鉄道模型博物館に展示されている模型をJR九州の青柳俊彦社長が目にしたことからプロジェクトが動き出したのだ。
水戸岡氏のデザインで現代に蘇った黄金の列車は大分地区に続き、11月からは長崎地区で運行を開始。来年3月まで83日程度の運行を予定している。
◆水戸岡鋭治(みとおか・えいじ):1947年岡山県生まれ。岡山県立岡山工業高校工業デザイン科卒業。1972年、ドーンデザイン研究所設立。鉄道デザインのほか、路面電車やバス、駅舎、街づくりなども手掛ける。
撮影■太田真三
※週刊ポスト2015年8月14日号