長崎市観光名所のひとつ、眼鏡橋。長崎港に注ぐ中島(なかしま)川に架かるこの日本最古のアーチ型石橋からぶらぶらと数分も歩くと、心浮きたつような町名を持つ賑町(にぎわいまち)に出る。
その街で昭和21年から3代の暖簾を守っている『森山酒店』に、9年前、角打ち専用の『ちょこっとBar』がオープンした。常連客がまるで宣伝担当者のような口ぶりで「町の名前にふさわしく、いつ来ても賑わっている場所です」と言うように、この晩も何かのイベントが行なわれているような盛り上がりを見せていた。
カウンターの向こうから、にこやかに語りかけるのは、主人の森山茂さん(67歳)。「子どもの頃、昆虫採集に夢中になって、セミやらトンボやらを獲りまくりました。何でもいっぱい集めるのが好きな性格なんです。今は、酒屋という利点をフルに生かして、焼酎や日本酒を夢中で集めていましてね。コレクターは飾って置くだけですけど、私は、それをお客さんに飲んでもらいたいんですよ」
そのための場として考えたのが、このバーだ。
「ちょっとだけ飲める、ちょっとだけ、バーの雰囲気のある場所を作りたいなあと。そのとき店の設計をしてくれた高校の後輩から、関西に住まわれているご親戚が、“ちょっとバー”という名の飲み屋さんをやっていると聞きましてね。その名前が気に入って、長崎弁で“ちょっと”を意味する“ちょこっと”に変えてつけさせてもらいました」
しかし、森山さんの思惑はいい意味で大きく外れてしまった。来る客は皆、ちょこっとどころではなく、なかなか帰らないのだ。
「昨年4月に得意先の人と初めて入ったんですが、その日は4時間いました。全然気を使わないで飲んでいられるこの雰囲気に包まれてしまうと、とてもちょこっとでは帰り難い。この場を去ることに勇気がいります」(47歳、金融系)
「転勤族なんで、日本各地のいい飲み屋を知ってますけど、ここは気持ちよく飲める店のトップクラスです。なんの情報も持たずに入ったら、酒を何でも知ってる森山さんがいた。これ奇跡でしょ。こんなに楽しくてすごい人いませんよ。当然、ぼくと同じように思っている人が集まっていて、いい知り合いが増えて、来たらすぐには帰れません。ちょこっとBar? 冗談でしょ。長居Barですよ(笑い)」(60代、公務員)
月3回と月イチペースを自慢する地元の地方公務員を名乗る30代の女性の2人連れは、「3年前にここを知りました。ご主人の楽しいお酒の話を聞きながら、カウンターに並んでいるおいしいおつまみをちょこちょこ食べつつ飲んでいると、時間を忘れます」と笑う。