【書籍解説】『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』高山文彦著/講談社/本体1700円+税
高山文彦(たかやま・ふみひこ):1958年宮崎県生まれ。法政大学中退。『火花 北条民雄の生涯』(七つ森書館刊)で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞。『どん底 部落差別自作自演事件』(小学館刊)、『いのちの器 臓器は誰のものか』(角川文庫)など著書多数。
2013年10月、天皇皇后両陛下が初めて水俣を訪問し、患者に面会した。その訪問は、両陛下の異例ずくめの言葉と行動により、患者の魂を救済する感動的な旅となった。本書は、その旅に秘められたドラマを描いたノンフィクションである。文芸評論家の富岡幸一郎氏が、天皇、皇后という存在の本質、そしてその言葉が持つ力について語る。
──本書を読むと、書名になっている「ふたり」にはいろいろな意味があることがわかります。
富岡:美智子皇后と水俣について書き続ける作家・石牟礼道子との交流によって水俣訪問が実現したわけですが、そのふたりだけでなく、天皇と皇后、石牟礼道子と長年にわたって彼女を支援し続けてきた作家の渡辺京二、そして天皇皇后と水俣病患者たちそうしたさまざまな「ふたり」の関係を描いた重層的な作品です。
──患者の代表の体験談を聞いた天皇が約1分間感想を述べましたが、異例の長さだそうですね。
富岡:〈真実に生きるということができる社会を、みんなでつくっていきたい〉〈自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと思っています〉と、平易だが深い意味を持つ言葉で語ったことに感銘しました。言論の自由のない天皇は、著者が言うように〈言葉をもがれた存在〉で、ある程度自由に自分の思いを込められるのは御製(お歌)ぐらいです。それだけに、例外的に内面の思いをはっきりと表出した言葉は純度が高く、聞く者の心に響きます。
もうひとつ驚いたのは、宮内庁の求めに応じ、患者の代表が天皇皇后に話す内容の原稿を事前に提出したら、当り障りのない内容だったために両陛下から却下され、「両陛下はあなたが一番苦しかったこと、悔しかったこと、悲しかったことをお聞きになりたい」と言われた、というエピソードです。両陛下がいかに言葉を大切にしているか、そしていかに水俣に強い思いを抱いているかがわかります。
天皇皇后に会った患者の代表や胎児性患者が「この世に生まれてきてよかった」「日本人に生まれてよかった」と、著者の取材に語っていることにも驚きます。