『中村屋酒店』と屋号を大書した金看板が掲げられている蔵造りの店構え。横浜・鶴見区の向井町で大正12年から営業しているこの酒屋は、昭和の時代をすべて見届けてきた老舗だけに、その懐かしい匂いと誇りを今も漂わせている。今や昭和レトロの名所として、わざわざ見学にやってくる人の姿も珍しくないのだという。
そんな酒屋の左側にある入口を入ると、歴史的には「コップ酒」、「量り売り」、「立ち飲み」と呼ばれて親しまれてきた角打ちのできる部屋が待っている。サイドにカウンターがあるだけで、10人も来たら満員なので、あとの客は店の外で飲まざるをえなくなるといった広さしかない。
しかし、この狭さを常連角打ち客たちはこの上なく気に入っていて、この日も夕方6時を過ぎたばかりだというのに、嬉しそうに酔う顔が五つも六つもそこに並んでいた。
「このあたりは京浜工業地帯の真っ只中でしてね。昭和の頃は大企業の城下町と言われ、系列の工場がひしめいていました。私のおふくろとおばさんがやっていたころは、そこで働く人たちで毎日大繁盛していたものです。時代は移って工場も減り、当時の賑やかさこそなくなりましたが、それでも大勢来てくれます。この店はそんな人たちの社交場、ぶらり飲みに来れるサロンなんですよ」(3代目・中村政夫さん・57歳)
この日居合わせた常連客の中には、昭和50年代から通っている人もいて、「平均年齢還暦辺り。ここは、店も客も年代物だよ」と、笑い合う。
「お酒は笑って楽しく飲まなきゃね。お金も使わないし気も使わない。これ以上の場所はない、最高のサロンですよ」(50代、水道業)
「仕事場が近いから、家に帰る前に必ず寄っちゃう。40年以上これが続いてるねえ。ここで仲間の皆さんと飲む酒のうまさ、時間の楽しさを知ってるから、そりゃあ素通りできないでしょう」(60代、土木建築業)
「昭和の若かりし頃、明治は遠くなりにけりなんて言っていきがってたもんだけどさ。その昭和も遠くなっちゃって、愕然とするよ。でも、ここはあの時代の雰囲気で飲めるのが、たまらないんだよねえ」(60代、建設業)