心臓から出ている大動脈は、胸部で直径約3センチ、腹部で直径約2センチの体の中心を走る一番太い血管だ。大動脈の動脈硬化が進むと血管の弾力が失われ、コレステロールが溜り、血管がこぶのように膨らんでくる。これが大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)で、大きくなって神経を圧迫すると声がかすれるなどの症状が出るが、通常はほとんど自覚症状がない。
50代から発症が増え、男性は女性の3倍もリスクが高い。一般的に血管の直径が1.5倍程度になると大動脈瘤と診断され、2倍以上では手術の対象となる。解離性大動脈瘤は、激しい痛みとショックで緊急手術を要する。ニューハート・ワタナベ国際病院の渡邊剛総長に聞いた。
「急性の解離性大動脈瘤は、適切な治療をしなければ、3日生存率が約70%、1週間で約50%、1か月生存では30%と命にかかわる病気です。緊急手術をしても、術後死亡率は10~15%とかなり高くなっています。国内の心臓手術は年間約5万件ですが、そのうち1万件が大動脈瘤の手術で、少ない数ではありません」
大動脈瘤は、こぶができる場所により、上行(じょうこう)大動脈の胸部大動脈瘤と下行(かこう)大動脈の腹部大動脈瘤にわけられる。大動脈瘤の治療は2通りで、1つはカテーテルを使い、拡大した場所の前後にステントを留置して破裂を防ぐ方法、それと外科手術での人工血管置換術(じんこうけっかんちかんじゅつ)だ。これは動脈の悪い部分を切り、その間を人工血管でつなぐもので、治療としてはシンプルだが、高度な技術を要する。
大動脈瘤の人工血管置換術に際し、従来は体温を20℃程度まで下げて行なっていた。特に上行大動脈は、脳に血液を送る3本の血管が出ており、手術に際しては事前に3本の血管にチューブを入れ、血流を確保しなければならない。
これまで超低体温にすることは脳の代謝を下げ、脳を保護し、脳梗塞などの合併症を予防することができるといわれていた。しかし、その後の研究で、超低体温では脳の血管が縮み、脳梗塞が起こりやすいという報告がされた。
「私は研究内容を知り、体温を出来るだけ下げずに手術を行なうことを目指し、現在は32℃で行なっています。ただし、手術時間が1時間以上になると問題が起こるので、血管を縫合する新しい方法を開発するなど、技術の精度を高め、時間短縮の工夫をしています」(渡邊総長)