〈求めない──すると心が静かになる〉〈求めない──するとひとから自由になる〉〈求めない―─すると自分が無意識にさがしていたものに気づく〉──。「求めない──」で始まる短いフレーズを100篇ほど収録したベストセラー詩集『求めない』(小学館)の著者・加島祥造氏が亡くなった(享年92)。同氏は、信州の大自然から“求めすぎる”現代人にどんなメッセージを残したのか。
加島祥造氏は1923(大正12)年、東京・神田の商家に生まれた。早大を卒業後、信州大や青山学院女子短大などで英文学を教え、フォークナーやM・トウェインなどの翻訳を多数手がけた。若い頃には詩作グループ「荒地」に名を連ねた詩人でもあった。
その後、古希を迎えて「老子」に出会い、東洋思想に傾倒。長野県南部の伊那谷にひとり移住した。晩年は豊かな自然に囲まれながら、詩を詠み、花木を写生する生活を送った。長男の裕吾氏が語る。
「80代になっても歩くのが速い、頑健な人でした。しかし、一昨年の2月に脳出血を起こし、左半身が麻痺状態に。入退院を繰り返しながら療養していましたが、体の衰えもあり、昨年12月25日に旅立ちました」
加島氏は2005年の夏から、ふとした瞬間に湧いてきた言葉をノートやチラシの裏に書きつけた。「歩いている時や飯を食っている時も、腹から出てきた」という言葉が積もり積もって詩集に結実した。担当編集者が語る。
「たまたま加島さんの親族に知り合いがいたんです。加島さんが『求めない──』で始まる詩を大量に書き留めていることに気づいて、『まとめると本になるのではないか』と相談されました。もともと世間に発表する予定はなかったのに、読み手を想定しているかのようだった。逃避的スタンスで『頑張らなくてもいい』と自己肯定する癒やし本とは明らかに異なりました」
『求めない』は、〈求めない──すると簡素な暮しになる〉から始まる。基本的に1つの短句を1ページで紹介するスタイルだが、見開き右ページは「求めない──」だけで、左ページにその続きがくるパターンもある。リズムが単調ではなく、余韻を感じさせる構成だ。
ほぼ正方形(縦14センチ、横13センチ)という珍しい判型も目を引き、2007年7月に初版1万2000部でスタートした同書はすぐに増刷。メディアにも大きく取り上げられ、文庫と合わせて累計46万部のベストセラーとなった。
読者の6割強が女性で、愛読者ハガキでは、「求めすぎている自分に気がついた」「探していたことの答えがこの本にあった」「心に光が差し込んだ」といった感想が届いた。
〈簡素な暮しになる〉の詩のあとは、以下のように続く。
〈求めない──するといまじゅうぶんに持っていると気づく
求めない──するといま持っているものがいきいきとしてくる
求めない──するとそれでも案外生きてゆけると知る
求めない──すると改めて人間は求めるものだと知る
求めない──するとキョロキョロしていた自分が可笑しくなる
求めない──するとちょっとはずかしくなるよあんなクダラヌものを求めていたのか、と〉
加島氏は求めない生き方を説く一方で、人間が「何かを求めずにはいられない存在」であることも認めていた。2007年11月に本誌インタビューで、求めない生き方にたどり着いた経緯をこう答えている。