多くの料理人に支持されている包丁類を筆頭に、堺打刃物(さかいうちはもの)の町としても名高い大阪・堺。ここに全国角打ちファンの間で、堺東の名店として知れ渡る『溝畑(みぞはた)酒店』がある。
南海電鉄高野線の堺東駅にほど近いコンパクトな商店街の中に溶け込んでいる、ちょっと見、ごく普通の酒屋であり立ち飲み屋。しかし、常連客からマスターと呼ばれ愛されている主人の溝畑勝さん(65歳)は、満面の笑顔で、「うちは普通じゃありません」と打ち消す。
「長男なので、大学を出ると同時に3代目として店に入り、配達を中心にずっと酒屋を担当していましたが、36歳のときに親が亡くなって、立ち飲みも引き継いだんです。そのときに考えたのは、このまま普通にやっていたんじゃだめだ。自分のカラーを全面的に押し出して、他とはちょっと違う酒屋にしようということでした」
“普通じゃない店”の第一弾は、酒を美味しく楽しく飲んでもらうための、うまいあて(つまみ)作り。
「私自身、うまい食べ物があると酒がさらにうまくなると思っている人間ですから。もともと料理が得意ってことではなかったんですが、中華料理店を経営している親戚に、鍋の振り方からなにから教わりましてね。そうするうちに、料理が楽しくなって、いろいろ作れるようになりました」
彼の作るこのあてが客に大好評。「関東の人間は知らないと思うけど、紅しょうがの天ぷらは大阪では定番料理。それが、マスターの作るのはなんでか知らんが、うまい。そればっかりじゃなく、わたしら酒好きが喜んでしまうつまみを、数え切れんほど多くの種類を考えて作ってくれる。こんな店よそにないですよ」(50代、公務員)
酒屋の奥が立ち飲みスペースになっているのだが、そのさらに奥に、マスターが暇さえあればこもるキッチンがある。文字通りなんの変哲もない空間なのだが、幸せ顔のマスターの「とってもうれし楽しい料理」のアトリエなのだという。