プロ野球に静かに異変が起きている。「アンチ巨人」が消えたのだ。一昔前なら、前日の巨人の結果を気にして「負け」だと、やたらと機嫌のいいおじさんが近所に必ずいた。居酒屋などではファンとアンチが激しく討論する姿も見られたし、巨人選手の欠点や監督采配のおかしさを語らせたら右に出る者はいないほど、「嫌いなのに詳しい」人がいたものである。ライバル・阪神タイガースの情報にめっぽう強い『デイリースポーツ』元編集局長の平井隆司氏が語る。
「アンチ巨人といえばもちろん阪神ファンに多い。かつては“打倒讀賣”という刺繍の入ったオリジナルの特攻服を着て応援する人が多かったですね。彼らはとにかく巨人を倒すことこそが快感だった」
そもそもアンチ巨人はどのように生まれたのか。『プロ野球なんでもランキング』(イースト・プレス刊)など、野球に関する著作が多いライター・広尾晃氏はこう分析する。
「かつて巨人が強大な戦力を持ち、圧倒的な勝ち方をしていたからです。野球の本場・米国でも、強すぎるヤンキースに対するアンチとして作られた有名なミュージカル『くたばれ!ヤンキース』に代表されるように、野球では強すぎるチームに対してアンチが生まれるのです」
かつての巨人は強かった。代表的なのはV9(1965~1973年)であろう。ON(王貞治・長嶋茂雄)を中心に据え、9年連続日本一という圧倒的な実力で球界を席巻したこの頃は「強すぎて面白くない」といわれ、世にアンチ巨人を多く生み出すきっかけとなった。
だからこの時代は、巨人に立ち向かう「巨人キラー」の存在が光った。大洋のエース、平松政次氏はカミソリシュートでONをきりきり舞いさせ、対巨人通算51勝(歴代2位)の戦績を持つ。
「あまりにも巨人が強いのでやっつけるチームや投手が待望され、応援してくれたんでしょう。大洋ファンでも平松ファンでもなく、あくまでアンチ巨人だった。巨人に勝った時は持ち上げてくれるけど、負けると相手にもされなかった(笑い)」(平松氏)
同じく打倒巨人に燃えた広島のエース、安仁屋宗八氏が続ける。
「僕たちの時代は巨人、特にONを打ち取って初めてエースと呼ばれたからね。ファンもよくわかっていて、“巨人にだけは負けるな”と発破を掛けてきて、負けると“何をしよるか”と本気で怒られたものです(笑い)。巨人が憎いとかでなく、強い巨人を倒したいという気持ちなんですよ。そこには憧れや嫉妬があったんだと思う。その意味で僕は、まだアンチ巨人です(笑い)」
前出の広尾氏が頷く。
「ともかく当初は強くて、都会的で、どこかいけすかない巨人に対する反発心が、アンチを生んでいました。そう考えるとどう見ても弱点があるような今の戦力では、アンチが存在すること自体が難しくなるのがわかると思います。今の巨人にはスターもおらず、同情したくなるようなベテラン選手しかいない。同情からはアンチは決して生まれませんからね」