句会といえば、和装に身を包んだ参加者が気難しそうな表情を浮かべて筆でサラサラと短冊に書き込み、慇懃な口調で読み上げる──そんな高尚な光景を連想するが、新宿・歌舞伎町では、真逆の「アウトローな句会」が催されている。この街に生きる人々が絞り出す「五・七・五」には妖しく、危険で、しかし蠱惑的な響きがある。
新宿・歌舞伎町の裏路地に「砂の城」と呼ばれる穴蔵のような店がある。そこには“歌舞伎町の住人”たちが集まり、夜な夜な句会が行なわれている。砂の城の主で、俳人の北大路翼氏(38)はこう言う。
「『砂の城』は、掃除もしてないからいつもザラザラって意味と、壊れやすさの両方を表現してる。砂上の楼閣ってことな。
ウチには、うつ病をこじらせてる奴や仕事のない奴、自殺志願者、全身タトゥーの奴……社会に受け入れてもらえないような連中が集まってくるんだよ。でも俳句に関してはマジメで正直だからいい句を詠む。オレは、それを“歌舞伎町の奇跡”って呼んでるんだ」
歌舞伎町のシンボル・コマ劇場が消えた3年前、新宿がつまらなくなったと感じるようになった北大路氏は、「その空虚さを俳句で埋めよう」と俳句グループ『屍派』を結成した。同派が生み出す俳句の魅力を北大路氏はこう語る。
「先入観のなさだよね。礼儀作法を知らないからストレート。きっと皆、モテる奴ばかりだよ。なぜかといえば好きなものに対して“好きだ”って詠むから。別の言葉に置き換えたりしない」
まずは北大路氏の作品を自身の解説付きで紹介する。
【男根を地面につけて髪洗ふ】
オレは歌舞伎町を江戸の長屋だと思っている。熊さん・八っつあんの落語の世界。長屋に集まるバカどもが銭湯で巨根自慢をしてるの。銭湯の小さな椅子に座りながら、頭を洗うと巨根は地面につく。そういうバカバカしい一句。
【キャバ嬢と見てゐるライバル店の火事】
新宿って火事が多いんだよ。馴染みのキャバ嬢とライバル店の火事を眺めてたら、その嬢が「今日はあっちの店に行かなくてよかったね」って言うわけ。騒々しい現場なのに、なぜか日常的なのどかさがある。火事とケンカが大好きな江戸と同じ。吉原炎上みたいな、火事と文化が一緒になってるイメージなんだ。
ここからは北大路氏の心に残った『屍派』メンバーの句を紹介していく。
【春一番次は裁判所で会おう】(喪字男)
これを詠んだ喪字男は睡眠薬中毒なんだ。愛想が尽きて奥さんは出て行ってしまって今は調停中。
でも本人は未練たらたら。外は強い風が吹いているけど季節は春。僕らの関係にも風が吹いてるけど、君のことをまだ嫌いになれないと詠んだ。可愛いよな。