4月から日本銀行政策委員会の審議委員に就任したばかりの櫻井眞氏(70)の経歴に疑惑が見つかった。日銀のホームページに掲載された櫻井氏のプロフィールには、中央大学経済学部を卒業後、〈昭和51年3月 東京大学大学院経済学研究科博士課程修了〉とある。にもかかわらず、いくら探しても博士論文が東大になかったのだ。
東大経済学部資料室の担当者が、博士課程にかかわる経歴の記載方法について、担当する同研究科庶務係に照会したところ、「『博士課程修了』は、博士号取得済(博士論文が審査を通った)を意味する」とのことだった。
東大資料室の室長代理は、「博士号を取得できなかった場合は、『単位取得退学』や『満期退学』といった言い方をします。櫻井さんはそれにあたるのでしょう」と説明した。
「退学」という字面はネガティブな印象を与えるが、それはあくまで経歴を説明する用語でしかなく、研究者として恥になることではない。
たとえば、櫻井氏と近い年代の武田晴人・東大名誉教授(日本経済史)の経歴を見ると、「昭和54年 博士課程単位取得退学」「昭和63年 経済学博士(東京大学)」とある(東大大学院経済学研究科編「自己点検・評価報告書」、2001年3月より)。博士課程を出たことと、論文を書いて博士号を取ることは全く別物と考えるのが、この世界の常識だとわかる。
断わっておくと、博士号は日銀の審議委員の必要条件ではない。現在の6人の審議委員のうち、博士は元早大特任教授の原田泰氏(経済学博士)だけだ。
ただし、「審議委員には博士を入れるべきだ」という議論があったのも事実だ。安倍晋三・首相の経済ブレーンとされる竹中平蔵・慶応大学名誉教授はかつて産経新聞のコラム「正論」でこう述べている。
〈世界の中央銀行の政策ボードのメンバーの多くはPh D(博士号)を持つ専門家だ。米連邦準備制度理事会(FRB)、イングランド銀行とも、メンバーの過半がPh D保有者か専門の大学教授である〉(2013年2月4日付)
こうした“審議委員は博士号取得者であるべき”という議論が、日銀HPに掲載された櫻井氏の経歴の表現に何らかの影響を及ぼしたのだろうか。
その後、さらに東大で取材を続けると、経済学図書館に収蔵されていた、『ケインズ的経済成長の動学的性格』と題された櫻井氏の修士論文に行き当たった。1972年に提出されたものだ。驚いたのは、その薄さだ。
目次を含めて400字詰め原稿用紙にわずか「4枚」。本文は1258字しかない。他に参考文献リストが1枚ついているだけで付属資料もない。
アブスト(要旨)のみが収蔵されているのではないかと思われたが、経済学図書館に確認すると、これが修士論文のすべてだという。