「45年前と同じようにスタントマンなしで、重さ400kg近いバイクを一瞬で操ったから、撮影スタッフのほうがびっくりしたようだ。動きは若いときよりよかったかもしれない」
この3月に公開された映画『仮面ライダー1号』で、藤岡弘、は、25歳のときに演じた主人公・本郷猛を70歳にして再演した。さしたる違和感もなく力強く「ヘンシーン」をやってのけ、オールドファンを唸らせた藤岡だが、当初は、かつてのヒーローを演じることに躊躇もあったという。
「若い頃と違って、これまで背負ってきた俳優人生のすべてが出てしまうと思ったんです。ということは、本郷猛が藤岡弘、になっちゃうわけですよ。もし私の姿を見て、観客の皆さんが失望してしまったら、原作者の石ノ森章太郎さんやプロデューサー、歴代ライダーなど、つくり上げてきた人々の思いをつぶすことになる、と正直、すごくプレッシャーを感じました」
逡巡の末、藤岡は、企画の段階から『仮面ライダー1号』に参加した。
「これまで世界中を旅し、紛争地でのボランティアなどで修羅場を体験し、辛い現実を目の当たりにしてきた。悲惨な戦場や難民、死にゆく子どもたち……慟哭して、悲しさと怒りに打ち震えて、もう自分の人生観や価値観がすべてひっくり返る経験をしてきました。痛感したのは世界はサバイバルだということ。その実体験が私の血となり肉となり骨となった。そんな思いを今回の仮面ライダーに反映しました」
藤岡は、駐在所に勤める警察官の父親と、茶道、華道、琴の師範だった母親のもと、1946年、転勤先の愛媛県上浮穴郡で出生。映画俳優をめざして上京、アルバイトをしながら俳優養成所を経て松竹映画に入社。青春映画真っ盛りの時代だった1971年、テレビドラマ『仮面ライダー』の主役に抜擢され、アクション俳優の道を歩み始める。
「仮面ライダーの撮影初期の頃はスタントマンを使わず、それまで経験したことのないことばかりだった。もう失敗ばかりで、打撲、裂傷とかなりダメージを受けていた。疲れて帰宅して、風呂の中で眠ってしまって死にかけたこともありました(笑い)」
そんな中、第10話の撮影中にアクシデントが起きる。乗っていたバイクがカーブでスリップし転倒、大腿骨を複雑骨折してしまうのだ。大腿部は、壊れた人形の脚のように90度に折れ曲がっていた。倒れたまま自分の脚を元の方向に戻すと同時に、藤岡は意識を失っていた。