東京の下町、東日暮里3丁目。路地を挟んで向こう側は、都内屈指の熱い湯としてファンの多い、大正時代がそのまま残るレトロ銭湯。そしてこちら側に向かい合うのが、昭和元年の創業から店内でコップ酒を飲ませていた、老舗酒屋『家谷(いえたに)酒店』だ。
銭湯の玄関には味わい深い文字で屋号の書かれたのれんが下がっているが、この酒屋の入口には、のれんどころか、屋号の看板すらない。酒の自販機が数台並んでいるだけだ。
「ちょうど50年前、僕が26歳のときに、戦前からの建物を建て替えたんですよ。その時は、店の看板は普通にちゃんとありました。でもいつだったかなあ、台風かなにかで壊れて。それ以来、そのまんまにしちゃってます。でもね、うちが酒屋だってこと、ご近所はみんな知っているから、それでいいんです」と、2代目主人の家谷茂さん(76歳)は、照れ笑いで語る。
そんな地元密着の酒屋の角打ちに今宵集まったのは、常連の酒のつわものたち。
「365日来てますよ。だって、店は無休だし、いつ来ても兄弟みたいな連中がいるし、酒は好きだし、安く飲めるし。何より、この近所に住んでるんだもの、毎日来て不思議はないじゃないですか」(50代、配送業)
「今62.5歳だけど、30過ぎから通ってるんだよね。朝から開いてるんで、一日に2度来ることもあってね、年間400回のペースかな。おとうちゃん(茂さん)と仲良しだし、みんなと新聞ネタを話すのが楽しいのよ」(建具工事業)
「この土地で生まれて育ってきた人間ですよ。そういう私が生まれる前からある地元の酒屋で飲むのはごくごく自然の流れでしょ。毎日昼と夜、ここに顔を出してるんで、年700回は来てることになるねえ。ときどき、初顔だという客が来るけれど、みんな大歓迎でね。角打ちの楽しみ方とかを親切に教えて、常連にしちゃうんですよ」(70代長老)