「最初はインプラント治療をする気は全くありませんでしたが、“一生、持ちますよ”と歯科医が勧めてくれたので決断しました。費用は360万円です。清水の舞台から飛び降りる思いでしたよ」
首都圏在住、元音楽教師の60代女性は、歯周病の進行によって上あごの歯を6本失い、「部分入れ歯」と「ブリッジ」をしていた。
残った自分の歯を守りたくて、インターネットで探し当てたのが、〈歯周病は治せる〉と掲げた都内の歯科クリニックだった。ホームページに〈一生歯を残す〉と記す姿勢に好印象を抱いた。
受診すると、部分入れ歯を今後どうするつもりか、と歯科医が聞いてきた。
「治療方法には2通りあるといわれました。“困っている部分をその度に治療していく方法と、何歳になっても健康な自分の歯で食べられる方法です。どちらを選びますか”と聞かれたので、迷わず後者ですと答えました」
すると歯科医は資料を見せながら、ある治療を提示してきた。それはブリッジと部分入れ歯を取り除き、さらに上あごに残った健康な歯をすべて抜いてインプラントに入れ替えるというものだった──。
インプラント治療は、基本的に失われた1本の歯に対してネジ状のチタン製インプラント(人工歯根)を一つ、あごの骨に直接植え込む。ただし、多くの歯を失っている患者の場合、人工歯根をたくさん打っていくのは手術の難度が高くリスクもある。そこで開発されたのが「オール・オン・4」である。
片あご12本分の歯を一体化して、4本のインプラントで支える術式だ。骨に空ける穴が少なくなるので手術のリスクが下がり、費用も抑えられるといわれる。元音楽教師は、歌う際に大きく口を開けるので、部分入れ歯が見えてしまうのが気になっていた。
総額で360万円という費用には驚いたが、死ぬまで自分の歯のように噛める、という歯科医の言葉は魅力的だった。
「当時、私は50代でしたから、残り30年使えるなら高くないと自分に言い聞かせました」