小池百合子都知事が、「築地市場」の移転延期を31日に発表したが、そもそも豊洲移転には卸売業者の8割以上が反対している現状がある。土壌汚染の可能性や、そのスペースの狭さから「マグロが切れない」施設の問題等があるからだ。
日本の食文化を支えてきた築地は「最高」というよりも、「唯一」の場所であると指摘するのは料理評論家の山本益博さんだ。
「魚を生で食べる日本の食文化を支えたのが築地です。魚が捕れた場所から、鮮度とクオリティーを保ったまま料理人まで運ぶことが築地の真骨頂です。築地に並ぶ魚は、釣られた時と同じ水温や塩分が保たれており、捕獲されたことを気づかず、じっとしています。 こんな魚市場は世界中どこにもありません。世界の超一流店のシェフの多くが築地の見学を希望して、ぼくは何度もアテンドしました」
築地はいつも活気であふれている。魚という生鮮品を扱うため、できるだけ手早く売らねばならない。『築地の記憶』(旬報社)の著者で築地市場に勤めた歴史ライターの冨岡一成さんがいう、「生命力に満ちた商い」こそが市場の醍醐味なのだ。
そんな築地を失うことは、「心」を失うことでもあると山本さんが指摘する。
「せっかく80年続いた歴史がここで終わるのはもったいない。人が行き交い、活きのいい魚がそろい、江戸の気質が残っている場所は築地がいちばんです。朝早くから働いている人は男も女もみんないい顔をしています。本当に気持ちのいい人たちばかり。そういう空気や心意気が東京の真ん中から消えてしまうのは本当に寂しいですね」
銀座には誰もが憧れる目抜き通りがあり、活気あふれる築地市場があり、由緒ある歌舞伎座や築地本願寺がある。歴史と文化のつまった地域から、市場という「生命力」がなくなると、それまで築地から元気と活力をもらっていた私たちの心にポッカリと穴が開くかもしれない。
仲卸業者の廃業だけでなく、豊洲移転は銀座など周辺の飲食店への影響も大きい。これまで銀座の飲食店は徒歩10~15分ほどで築地市場に行けたが、豊洲には気軽に行くことができない。
山本さんは、築地と豊洲の距離はわずか2km程度でも、その「心理的な距離」ははかり知れないと指摘する。
「これまで銀座と築地は背中合わせで共存共栄してきました。築地は銀座の横で東京の胃袋を支える台所であり、豊洲は銀座から車ですぐとはいえ、心理的にすごく距離がある。私自身、豊洲には全然行かないと思います」
実際、ミシュラン2つ星も獲得している銀座にある老舗の天ぷら店『天ぷら近藤』の店主・近藤文夫さんに、「移転したら豊洲で魚を買いますか?」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。