小林薫(65)がマスターを務める『深夜食堂』は、実に静かな物語だ。原作は『ビッグコミックオリジナル』連載中、安倍夜郎の同名コミック。大袈裟な仕掛けはなく、豪華な俳優陣が出るわけでもなく、もちろん派手なアクションもない。しかも、低予算という足枷だけはずっとついてまわってきた。にもかかわらず、多くのファンを魅了してきた奇跡の作品なのだ。
シリーズの出発点は、2009年10月にTBS系でスタートした深夜枠のドラマだった。小林が振り返る。
「『こんなに長く続くと思わなかったね』ってスタッフとも話しているんです。メイクさんをはじめ、スタッフはずっと同じでね。面白いドラマになった、とみんな感じていただろうけど、シリーズ化されるとか、長く仕事が続くと意識していた人はいなかったと思う。もしかして、うまくいけば1作くらい映画がつくれるかなあ、という感じでした」
が、予想に反して、『深夜食堂』は、7年もの間、人々に支持され続ける。テレビドラマは3シリーズ、全30回にわたって放送され、現在新シリーズが、Netflix(ネットフリックス)で配信中だ。韓国と台湾でも現地版『深夜食堂』が制作された。そして、2015年に公開された映画に続き、11月5日、『続・深夜食堂』として最新作が公開される。
低予算ゆえだろう、『深夜食堂』には、毎回スタッフたちの工夫と熱が存分に注がれている。ひとつの象徴は、フードスタイリスト・飯島奈美の料理だ。
『深夜食堂』の舞台は、真夜中の12時に開く、繁華街の路地裏にある「めしや」。メニューは豚汁定食と酒だけだが、ワケありの客たちが訪れては、「食べたい料理」をマスターにつくってもらい、心を癒して帰途につく。料理が物語の鍵を握るのだ。小林は、料理に込められた思いをこう語る。
「ある程度予算のあるドラマでも、リハーサル段階で用意した料理にラップかぶせて埃が入らないようにして、本番では冷めた状態で食べるんです。でも、飯島さんは、熱いものは熱い状態にと本番で差し替える。だから役者が美味しい、美味しいと食べる。そういう本質をおろそかにしないのが、飯島さんのこだわりなんですよ。だから、一度、あのカウンターで食べてみたい、1話だけでもいいから出演したいという役者がいるんでしょうね」