どんなに辛いことがあっても、負けない──。そう思って生きてきた女性・合田清子さん(東京都・70才)が自身の半生を振り返る。
〈本稿は、「自らの半生を見つめ直し、それを書き記すことによって俯瞰して、自らの不幸を乗り越える一助としたい」という一般のかたから寄せられた手記を、原文にできる限り忠実に再現いたしました〉
【前回までのあらすじ】
2才で母を亡くし、27才で夫が突然死。その2年後には、妹の夫も交通事故死。そして父と息子まで…。死にとりつかれた一家の姉妹の壮絶な骨肉の争い。妹との仲はかなり悪かった――。
* * *
再婚した8才年下の現在の夫との間に男の子が生まれたのは、私が35才のとき。その誕生を、80才の父はことのほか喜びました。その父がどうした風の吹き回しか、突然「旅に出たい」と言い出したのです。
キラキラと目を輝かせて、開業医仲間に声をかけて。旅行バッグに着替えをつめている父を見ていたら、あれはなんなのでしょう。妙な胸騒ぎがして止やみません。
それでも、遠足前の子供のようにはしゃいでいる父に、「行かない方がいいんじゃない?」と言っても右から左。
「群馬のいつもの温泉に2泊だけだよ。運転はT先生の息子がしてくれるっていうし、安心、安心」
そういう父の姿のなんと頼りないこと。それを夫に言うと、「産後だからだよ」と、私がナーバスになっているというのです。迎えの車に乗り込む父を見送りながら、それでも消えない不安をもてあまして1泊目は何事もなく過ぎました。
ところがその翌日の昼過ぎ、電話が鳴ったとたん私は、何かが起きたと直感しました。父が橋から落ちたというのです。見晴らしのいい、山間の橋で、「ここで写真を撮ってくれ」とわざわざ車を止めて、ポーズをとったのだそう。そして次の瞬間、欄干にひょいと腰かけようとして、腰かけ損ねて頭から真っ逆さまに落ちたというのです。
そういえば、昔から父は棚や机にひょいと腰かける癖があったのですが、だからといって…。
私に代わって現場に行った夫は、谷底が見えないほど高い橋に目を回したそうです。「警察が自殺や事件を疑っても仕方がないよ」と、青ざめた顔で帰ってきました。私は自分の予感が的中したことが怖くて、震えが止まりませんでした。