今年も日本で最も多くの志願者を集めたのは近畿大学だった。長年代名詞とされてきたマグロのみならず、このところの研究成果は実に多岐に渡り、またその内容の斬新さも際立っている。『なぜ関西のローカル大学「近大」が、志願者数日本一になったのか』の著者で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
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「本屋に行くとトイレが近くなる」という都市伝説がある。その現象について本気で科学的研究を重ね、「もよおす成分」を発見し、「本屋の香りスプレー」という商品にしてしまったことを伝える経済ニュースに、一瞬耳を疑った。
「香りと便意」との関係性。そこに着目した「本屋の香りスプレー」は、ぷっと吹き出してしまう、ひねりが効いた新商品。そもそも、こんなニッチな研究に大まじめに取り組んでいる研究者っていったいどんな人だろう?
肩書きを聞き……そうか、やっぱりあの大学の先生だったかと納得。
近畿大学工学部化学生命工学科・野村正人教授は、天然精油の香り成分を研究しヒトや動植物や昆虫等と香りとの関係を探索してきた研究者。化粧品や医薬品などの化学工業材料として活用する方法を探っている。
その野村教授が本屋・図書館を訪問して香りを収集し、インクの香りなど数百種を分析して、もよおす成分をつきとめた成果だった。「便秘気味の人に使っていただきたい」という。
いや、それだけではない。近大は「笑い」そのものの研究を始めたと発表した。吉本興業等とタッグを組み、「笑い」を医学的に検証し身体やメンタルヘルスに与える効果を解明するプロジェクトだという。うつ病など精神疾患の治療や健常者のストレスマネジメントに活かす方策を探るのだとか。
と、次々にオモロイ大学研究の情報を発信する近大。
ポイントは、それがただのアイキャッチに終わらず、背後に「なるほど」と納得させられるような研究成果や意義づけがあること。
クスっともれる笑いの向こう側に、研究の積み重ねや客観的な裏付け、社会的意義が横たわっている。だからこそ、聞いた人の記憶に刻まれるのだろう。
こうした研究成果や情報発信も一助となってか、近大の志願者数は日本一、トップを走ってきた。そして今年の入試結果が3月10日に判明。志願者数はさらに伸びて昨年度より2万6981人増え、14万6896人となり「4年連続日本一」が確定したという。
では、圧倒的な人気を集めるその近大の「学長」とは、いったいどんな人なのだろう? 近大といえば卒業生・つんく♂の顔がすぐ浮かぶけれど、学長とは……?
2012年より近大学長を務める塩﨑均氏の新刊『近大学長「常識破りの大学解体新書」』(中公新書ラクレ)を開いてみると……。
自ら胃がんになり、ステージ4という深刻な病状から生還してきた経験から本書は始まっている。近大付属病院病院長で消化器の専門医だった自分が、まさか胃がんに罹患するとは。数奇な運命に戸惑い、しかし自分自身の主治医として身体に向き合うことを決め、さまざまな治療法を試してきた。
そうしたシビアながん経験で実感したのが、「命の眩しさ」。それが大学を運営する土台となっている、と語る口調はしごく静かで抑制的だ。
「大学時代は、人生の中でも、最も眩しい時期です……偏差値以外の物差しを取り戻し、学生たちに眩しいばかりにいきいきとした毎日を送って欲しいと思い、筆をとりました」(本書10頁)。