稲浪のパクチー天そば(冷やし) 450円
東京は立ち食いそば天国。どの駅の近くにも気軽に立ち寄れる店がある。近年は自家製麺や出汁にこだわる店も登場し、「早い、安い、旨い」の中で旨さが格段に向上した。そもそも東京の立ち食いそば店がその数を増やしたのは、昭和30年代の半ばから40年代にかけての高度経済成長期。昼食をとる間も惜しんで働くモーレツな企業戦士たちにとって、早くて安い立ち食いそばはありがたく、たちまち人気を呼んだのだ。
そこから数えることおよそ50年。立ち食いそば店も大きく様変わりした。かつては立ち食いそばの代名詞であったフカフカの茹で麺は減り、今ではほとんどの店で、茹でたての生そばが食べられるようになった。また、ツユも健康志向のせいか、醤油のきいた甘辛いツユは減り、鰹と昆布の香りや旨味が感じられる、バランスのいいものが増えてきている。
これは製造技術の進歩もさることながら、なによりも各店が客に「美味しいものを食べてもらいたい」と、努力してきた賜物だろう。やはり立ち食いそばの代名詞だった、カチカチ衣の揚げ置き天ぷらも今は減り、揚げたての天ぷらを提供する店が増えている。町場のそば店と変わらぬ天ぷらそばが、ワンコイン以下で食べられるのだから、贅沢な話である。
そして一番大きな変化は店舗の造りだろう。「立ち食い」と言いながらも、椅子のある店がほとんどだ。チェーン店の『名代富士そば』や『ゆで太郎』もそうだが、店内は広く清潔な造りになり、女性客の姿もよく見かけるようになった。かつては立ったまま、時間を惜しんでそばをかっこんでいたのが、ゆったりと味わえるようになったのだ。
その誕生から長い時間が流れ、店舗も料理の質も大きく変わったが、「早い、安い、旨い」という本質だけは、今も変わっていない。近年は生活習慣病に効果があるとされ、中高年がランチをラーメンや洋食から、そばに切り替えているという話もよく聞く。高度経済成長期の頃と同じく、今でも立ち食いそばは、働く男たちの味方なのである。