中村といえばこれまでに、名バイプレイヤーとして、そして主演俳優として数多くの作品に出演しては、硬軟自在な演技を披露し「カメレオン俳優」ぶりを評価されてきた存在だ。“硬”でいえば『孤狼の血』(2018年)のチンピラ役が、“軟”でいえば当たり役となった『半分、青い。』(2018年/NHK総合)の“マア君”役や、『凪のお暇』のゴン役などの“癒しキャラ”が思い浮かぶ。これらのいずれも脇役ではあったものの、強い印象を残すとともに、作品をより豊かなものに仕上げる“スパイス”的な役割を担っていたように思う。
今回の主演作『珈琲いかがでしょう』は、中村が一人の人物の明と暗を演じるということで、振れ幅の大きい彼ならではの魅力を一度に楽しめる作品となっている。しかし中村の優れている点は、表現の幅だけではなく、軟と硬の間の“揺れ”を繊細に表現できるところにあると思う。本作では、青山のワルだった「過去」は“硬”で、珈琲に出会って改心し、人々を癒やすようになった「現在」が“軟”に当たる。硬も軟も、すでに中村がこれまでの作品で見せてきたものだ。主演映画『水曜日が消えた』(2020年)では、一人七役という偉業も成し遂げている。
今作で本当にすごいのが、ワルだった「過去」において、改心しそうな片鱗をわずかにのぞかせる表情や、改心した「現在」で垣間見せる、過去を懐かしみ悔いる表情だ。この心情の“揺れ”が伝わるからこそ、多くの視聴者が癒され、惹きつけられるのだと思う。青山というキャラクターについて、原作ファンからは「主人公の見た目や仕草、佇まいが中村倫也にしか見えない」といった声がかねてより上がっていた。ルックスや雰囲気はもちろんだが、人間のリアルを巧みに表現した中村を見て、原作ファンはさらに「中村しかいない」と感じたのではないだろうか。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。