3月11日、宮城・石巻港の南東約15kmに位置する田代島、通称“猫島”と呼ばれる小さな島で驚くべき光景が見られた。
震度6弱を記録し、死者・行方不明者が5800人を超えた石巻市。立て続けに襲った巨大津波は“猫島”の防潮堤を乗り越えて入り江の集落へ流れ込んだ。約70人の島民が高台へ逃げる中、猫たちも一斉に走り出したのだ。
「猫たちは建物に逃げ込んだり、急な傾斜を駆け上って行った。中には、子猫をくわえて懸命に走る親猫の姿もあった」(島民の一人)
半農半漁で島民が暮らしてきた田代島では元々、猫はネズミ除けのために飼われてきたが、いつしか島の大漁を祈願する守護神として祀られるようになった。そんな猫の数は100匹あまり。島民より猫が多い島として5年ほど前から田代島は“猫島”として知られるようになり、多くの観光客が訪れるようになった。
そんなのどかな島を襲った悲劇─―。人的被害こそ行方不明者1名に留まったが、地盤は約130cm沈下し港は冠水、沿岸部の家屋や島の主産業であった牡蠣の養殖施設は壊滅的な打撃を受けた。
「牡蠣ができない、魚を獲ろうにも船や網が流された、漁港の施設が壊れたままという惨状」(別の島民)
電気は電源車により確保されるようになったが、3か月以上経った現在も水道は利用できない。本土側の縁故を頼って島を去る人たちも現われている。猫たちの姿も震災直後、ほとんど見られなくなっていたのだが、1か月ほど経過した頃から、港や集落でその姿がようやく目立つようになった。
「その後も復興作業が進むにつれ、一匹また一匹と猫が戻ってくる。しかし、どうやって生き延びたのか。島にはカエルやヘビはいるが、そんなものを食べてしのいだとは思えない。でも愛らしい姿が見られて心が温かくなった」(前出の島民)
田代島では懸命な復興作業が続けられているのだが、島の再生を猫の“神通力”にあやかろうというプロジェクトが6月初めに発足した。その名も「田代島にゃんこ・ザ・プロジェクト」。全国の愛猫家から1口1万円の寄金を募り、牡蠣養殖の再生に使おうというもの。謝礼としてオリジナル猫グッズなどが発送されるほか、牡蠣棚が再生した際には、返礼として牡蠣を送ろうというのだ。
「東北には『結を貸す、借りる』という言葉があります。あらゆる関係を超えて協力し合う。猫に手を借りるということに引け目はあるが若い漁師の将来もある。今は猫の手に結を借りる心境でしょうか」(ベテラン漁師)
島の守護神と崇められ、島を有名にした猫たち。島民の危機に“長靴をはいた猫”と見事なれるだろうか。
撮影■いたがき秋良 取材■阿部正人
※週刊ポスト2011年7月8日号