ここに掲載した影絵は、世界的評価も高い影絵作家・藤城清治氏(88)が描き出した被災地の風景だ。なぜ藤城氏は、作品の題材に被災地を選んだのか。藤城氏が作品に込めた思いを、ノンフィクション作家・稲泉連氏がリポートする。
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光があり、そして影がある。
ススキの穂、木の葉、道端の石、折れ曲がった鉄骨……。藤城清治さんは剃刀の刃によって、その一本一本、一葉一葉、一つひとつを確かに切っていく。思いを込め、命を吹き込むように。
影絵作家の第一人者である彼は、宮沢賢治などを題材としたメルヘン作品を描いてきたことで知られる。しかし二年前の大震災以降、88歳にして選んだ舞台は被災地だった。
福島県大熊町では、一面のススキに囲まれた小川に、鮭が上る光景に目を止めた。人々の暮らしが消え、しかし何も変わらない自然の中に、津波の痕跡と事故後の原子力発電所があった。「絵描きである以上、こうしたものを描かずして何を描くのか、と感じた」と彼は言う。
「一見すると使い物にならない瓦礫も、人間の様々な生きる思いが含まれた宝石のようなものです。想像を超えた自然の力によって壊されたもの、一本一本の素朴な草木の中に、人間の尊い思いが含まれている。描くのは難しいけれど、だからこそ、描き残す意味がある」
かつて戦後の焼け野原を見たとき、たとえ絵具がなくとも、太陽や月や蝋燭の火の光さえあれば影が生まれ、表現が生まれることを知った。影絵作家としてのそんな原点が、長い歳月を経て、災害が作り出した風景と激しく交錯した。
「形を切るのではなく、そこに込められた思いを切る。そうやって全ての切り口に万感を込めることの繰り返しの中から、何かが作り上げられていく。それは人間が生きることそのものに似ているし、災害に遭っては乗り越えることを繰り返してきたその歴史とも重なると思うんです」
【プロフィール】
●ふじしろ・せいじ:1924年東京生まれ。剃刀一枚で作り上げられる影絵は世界的評価も高い。『銀河鉄道の夜』など宮沢賢治の童話の挿絵や装丁でも知られる。一昨年から震災をテーマに創作活動を開始、作品が話題を呼んでいる。現在・福島県うすい百貨店にて展覧会開催中(~3月18日)。その後、全国各地で開催予定。
※週刊ポスト2013年3月15日号