逆転、挫折、復活……レースに凝縮される悲喜こもごものドラマは、人の一生にも例えられる。だから人は馬に熱狂する。芸人・カンニング竹山が1998年の有馬記念を振り返る。
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競馬を始めたきっかけは先輩芸人からの誘いでした。最初は全く興味がなかった。でも競馬場に着くなりもう夢中になっていましたね。目の前をサラブレッドが凄いスピードで駆け抜けていく様や、あの地鳴りのような音、馬体の美しさに圧倒されて、なんだこれは!? とすっかりハマってしまって。
初めて好きになった馬はフジノマッケンオー。あまり競馬を知らないうちに直感で好きになった馬ですが、かなり入れあげてしまった。冷静に予想することができなくなって、馬券の買い方も明らかにおかしくなったんです。
その後、だんだん競馬がわかっていくうちに、好きな馬は作ってはいけないと思うようになりました。馬のファンになってしまうと、馬券が偏ってしまうということに思い至ったんです。
しかし数年後、そんな考えを一変させる出会いをします。それが1997年、グラスワンダーでした。中山の新馬戦でたまたま知ったんですが、実際に走りを見て本当にびっくりした。僕が今まで見てきた馬と、明らかにバネが違う。それから気になって、レースも何度か見るうちに、好きで好きでしょうがなくなっていました。
その頃の僕は30歳を手前にして、ちょうど一番辛い時期でした。借金もあり仕事もうまくいかない。そんなときに出会った将来有望な馬に自分の人生を重ね合わせるようになるのは時間の問題でしたよ。勝手にグラスワンダーに自分の人生を賭けるようになっていたんです。「この馬が次勝てなかったら漫才辞めよう」と。でも、勝ってくれるわけですよ。そうやって毎レース毎レース賭けていました。切羽詰まった人生だったんです。
その年の朝日杯では、家にあった家電もすべて換金し、全財産を投入します。14インチのテレビ、再生専用のビデオデッキ、大きなラジカセ。質屋に持って行って1万円ちょっとになったかな。それとバイトの給料6万と、口座に少しだけ残っていたお金。全部で10万くらいを朝日杯にぶちこんだんですよ。