【著者に訊け】青木理氏/『誘蛾灯 鳥取連続不審死事件』/講談社/1680円
“首都圏”の木嶋佳苗被告が表なら“鳥取”は裏──。青木理著『誘蛾灯 鳥取連続不審死事件』を読み、そうした比較自体、意味がないのだと反省させられた。共通点は確かに多い。複数の男と関係し、金品を巻き上げた、美人とは言い難い30代の女。その周囲では多くの男性が謎の死を遂げ、うち何件かの殺人容疑で起訴された女は容疑を否認。一審で死刑判決を受け、現在控訴中だということ……。
が、青木氏の興味は当の上田美由紀被告(39)よりむしろ男たちにある。美由紀が以前勤めていた鳥取市内のスナック〈ビッグ〉(以下人名も仮名)を拠点に、事件現場や彼女と関係した男たちを訪ね歩き、公判中の被告本人にも接見した。〈なぜ男たちは肥満のホステスに惹かれたのか〉──誘蛾灯の誘蛾灯たる所以、それは陳腐で、饐(す)えた匂いを放つ、〈地方〉にあった。
〈美由紀の周囲には、ネットを通じて独身男と知り合うといった「時代性」や「社会性」もなければ、「婚活」「セレブ」などという流行言葉から醸し出される一見華やかな疑似装飾も施されていない〉と、当初は青木氏自身、思っていたという。青木氏はこう語る。
「元々僕は木嶋事件に全く興味がなく、だったら鳥取でウマい魚でも食った方がよっぽどいいと、その木嶋事件の〈添え物〉みたいな記事の依頼を請けたんです。ところが現地へ通ううちに、むしろ鳥取事件にこそ時代性はあるんじゃないかと思い始めた。
それは鳥取という地方都市が孕む、曰く言い難い〈陰鬱さ〉に触れなければ僕自身わからないことでした。中でも事件の主要舞台となるビッグは象徴的存在で、僕はある意味『スナック・ビッグ物語』を書いたとも言えます」
鳥取市の繁華街・弥生町の路地裏に、その店はある。自称60代のママと、やはり60過ぎの〈アキちゃん〉が下卑た会話と酒でもてなしてくれる、妙に陽気な店だ。そこを訪れる度に、〈あーらぁ、青ちゃんじゃないっ〉と、青木氏は気の毒なほど(?)色目を使われ、読んでいるこちらまでニヤニヤしてしまう。おかげで氏が終始一定の距離感を保って綴る事件の背景や人間模様を、私たちもビッグという読者共用の止まり木に安らぎつつ、冷静に読めるのだ。
「何しろ取材先がゴミ屋敷の住人に元ヤクザでしょ? うんざりして戻ってくると、あんな店でも妙に居心地がよくてね。美由紀に嵌った男もこんな風に堕ちていったのかなあ、なんて思った。
特に鳥取は控訴審(12月10日)前ですからね。仮に美由紀が立件された2件の殺人をやっていたとしても、彼女がどんな女でなぜ殺したかなんて、本当のところはわからないわけですよ。興味本位で陳腐な悪女像を書き立てるのは僕の趣味ではないし、これ以上好奇の目で事実を歪めてしまわないよう、読む人にも適正な距離感を共有して欲しくてこんな構成にした。その点はビッグ様々です(笑い)」