死体がなければ殺人事件は立証できない。普通ならばそうだが、汚水槽に残ったわずか直径4.1ミリ、長さ7ミリのインプラントを発見し、犯人を逮捕した殺人事件の裁判が始まった。西東京のカリスマ・ホストを殺害し、遺体を溶かした事件の裁判を傍聴した作家の山藤章一郎氏が、凶悪事件の犯人逮捕へ至る道のりを報告する。
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〈検察官起訴状による事件概要〉
「3年前の平成22年11月末、20代、30代の従業員3人が八王子のホストクラブ〈BALIKAN〉の経営者・土田正道を共謀して殺害した。土田はその日、丸一日、連絡がつかなくなったら警察に通報するよう知人に伝えていた。実行犯は阿部卓也、従業員ホスト、27歳。土田の頭を銃撃した。以後、阿部は友人にも頼み、収納ボックスの死体を自分のアパートに、ついで実家に運搬した。
その後、死体を「強アルカリ性の薬品を混ぜて、ずんどう鍋で煮沸、溶解させ、浴室の排水管に遺棄し、溶け残った骨を、あきる野市の秋川河川敷でハンマーで砕いて投棄した」
殺害された土田は〈カリスマ・ホスト・土田十寛(みつひろ)〉の源氏名で知られテレビなどにも出ていた。行方が分からなくなった当時、土田への反感を捜査員に公然と言い放つホストも多くあった。土田は吠え立てていたという。
「西東京、八王子、立川、多摩でホストクラブ開くなら、カネ持って挨拶に来い」
反感は、土田が無残に死ぬことを期待する声にもなっていた。東京地裁立川支部305号法廷。2013年11月27日。
被告人・射殺した実行犯・阿部卓也の元妻、阿部篤子が証言台に立った。腰縄姿である。グレイのスエット上下。面長で目が細い。勾留中のためスッピン。肌白、撫で肩。福島の高校卒業後、職を転々。事件後、卓也と結婚、すぐに離婚。実家で1歳の娘と暮らしていた。
〈検察官の篤子への質問〉
──(あなたの元夫)卓也さんは土田さんからどんなことをされていたんですか。
「殴られて顔腫らして帰ってきたり、こき使われて休みもない。だから、殺しちゃおうかって。あたし『殺すの間違ってる』と止めました。でも、『このままだと俺の人生めちゃめちゃだ』って。押し問答したら『分かってくれないんだったらいいよ』と包丁を持ち出して『殺しに行くから』って出て行きました。
あたし、すぐあと追って卓也の服を引っ張って『だったらあたしを殺してから行って』って。『一人殺すのも二人殺すのも変わりないでしょ』」
〈検察官、冒頭陳述〉
土田を射殺した卓也は、友人・青野俊太朗を巻き込む。
「卓也は青野と合流して、用意した鍋を実家へ運搬した。収納ボックスを一緒に2階へ運びあげ、ずんどう鍋に遺体、水、アルカリ性の薬剤を流し込み、コンロで煮た。ずんどう鍋とは、ラーメン屋などが大量のダシをとるための煮込み鍋である。青野は鍋の中身をお玉でかきまぜて、帰宅した。
卓也は溶解の状況を(共同経営者・主犯の)玄地栄一郎に報告したが、夜になっても全部溶かすことができず、また思ったより溶解に長時間かかり、玄地に薬剤の追加を依頼した。実家の親・秀樹が帰宅し、鍋を発見。息子・卓也から『死体を溶解している』と告げられた。秀樹は息子のため、事件に加担することを決め、『1週間休む』と職場に連絡した」
卓也は追加の薬剤で肉と骨を煮つづけた。翌未明、卓也、篤子は殺害に使用した拳銃を捨てに多摩湖に行く。