【著者に訊け】柚木麻子氏/『その手をにぎりたい』/小学館/1365円
読むと無性に鮨が食べたくなる、「鮨小説」である。
「それは嬉しいです。私もお鮨は大好きなんですけど、普段行くのはスシローとか銚子丸。江戸前が何かも知らなかった〈青子〉と同様、一からの勉強でした」
それでよくぞここまでと感心するほど、鮨屋特有のキリリと張りつめた空気や洗練の技を、柚木麻子氏は『その手をにぎりたい』に見事再現する。舞台は1983年から92年にかけての東京。バブル前夜に上京し、銀座の高級店〈すし静〉で若手職人〈一ノ瀬〉の〈手〉に魅せられた青子の社会的青春と、恋を、本書は描く。
一ノ瀬の握る〈ヅケ〉に始まった彼女の恋は、常に白木のカウンターを挟んだ一方通行だ。が、〈座るだけで三万〉の超高級店に通うために相応の所作や知識を学び、不動産会社で出世もした。肉体関係など介在するはずもない関係がこうも官能的な理由……それは、2人の手と手がやり取りする鮨と「カネ」にあった?
柚木麻子はバブル世代ではない。なのになぜバブルを書きたがるのかと、以前某作家氏がもらした問いをそのままぶつけてみた。
「あ、窪美澄さんでしょ? 窪さんにはバブルの話をよく聞くし、林真理子さんの本も好きで読むんですが、当時の浮かれっぷりに、知らないからこそ憧れがあるんですね。今は『置かれた場所で咲きなさい』とか、背伸びをしないのがイケてる風に言うでしょ? 私は置かれた場所では頑として咲きたがらない香川照之さんとか、手に入らないものを手に入れようとしてもがく人の方が、実生活は等身大のクセに、好きなんです(笑い)」