【著者に訊け】三崎亜記氏/『ターミナルタウン』/文藝春秋/1785円
乗り鉄に、撮り鉄。中には流麗なダイヤに異様な執着を示す〈スジ鉄〉なる種族もいるらしいが、三崎亜記氏は廃線にしか興味のない線路跡マニアを自称する。
「新型車両は乗って10分で飽きるのに、なぜか廃線と聞くとグッとくるんですね。私は元公務員だからか、自分の役割を全うしながら、なおも人の役に立とうとして残り続ける姿に、哀愁を覚えるのかもしれません」
最新作『ターミナルタウン』の舞台は、首都と旧都を繋ぐ〈広軌特別軌道〉のターミナル駅から一通過駅に降格した〈静ヶ原〉。旧都への通勤層を見込んで開発された〈光陽台ニュータウン〉や〈タワー通り商店街〉は寂れに寂れ、駅前に聳えるはずのタワー自体、姿は見えないのに〈「ある」ことにされている〉……!?
そんな架空の町に生きる7人の男女を話者に、隣町の〈開南市〉に吸収合併された元・鉄道の町が未来を模索する姿を、本書は描く。地方の再生や種々の町興しが注目を集める中、彼らが繰り出す驚きの秘策とは?
例えば寝室は眠る場所、玄関は出入りする場所と、私たちは誰がいつ決めたとも知れない〈秩序〉に則って、日々を暮らしている。いちいち「なぜ?」を突き付けないのは、とりあえず毎日が平穏だったからだ。
そうした足元の危うさを、三崎作品は問い続けてきたことに今更気づく。2004年のデビュー作『となり町戦争』然り、『失われた町』然り。
「様々な矛盾を孕みながら回り続ける日常を、虚構に置き換えるとどうなるかというのが、私の小説の一つの書き方ではありますね。みんなが内心はおかしいと思いながら社会の歯車になっちゃってることって、実はたくさんあると思うんです。
牛肉の偽装や原発に関しても『あれは問題になったけど、これは問題にならないんだ』とよく思うし、結局肝心なのはその欺瞞や違法性が公になったかどうか。そうした状況を象徴させたのがこの“見えないタワー”で、『そんなタワー、ないじゃん』と誰かが言い出さない限りタワーはあることになるし、〈補助金〉もちゃんと出続けるんです」
そう。住民にはタワーの電磁波被害に対する補助金が国庫から支払われ、町の貴重な収入源になっていた。そのないのにあるタワーの管理公社に勤める〈響一〉は、心の一部を影に託し、妻子と離れて暮らす代わりに職を与えられた〈第三種の影分離者〉で、ゴーストタウンと化した光陽台の自宅から無人のタウンシャトルに乗って通勤し、玄関で眠り、浴室で朝食をとる。
影を失った彼は秩序にすら縛られない自由の虚しさを〈バターをつけないトーストの口触り〉に擬え、この町では多くのものが〈無駄で無意味で、そして誰にも求められていなかった〉。
「下絵になったのは米原駅。以前、鉄道紀行文の第一人者でもある宮脇俊三さんが、利用客が多いというより、純粋に鉄道機能上の理由で大きくなったターミナル駅の面白さを書かれていて、地域の人にはあまり利用価値がなく、ホテルすらない米原を、確か6、7年前に取材したのが最初でした。その後はA4で40枚近いプロットを3年かけて書き、想像上の町を塗り重ねているので、冒頭に載せた全体図の段階で下絵はもうないに等しいんですけどね」