ロシアのソチで冬季五輪が開幕した。華やかな開会式ではあったが、一部欧米の首脳は出席しなかった。その背景には何があるのか、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が解説する。
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ロシア・ソチでの冬季五輪は開幕前から異例の状況が続いていた。通常、オリンピック主催国は金メダルをどれだけ取るかに関心を集中する。しかし、今回は事情が異なる。ロシア政府は競技以外のところに関心事項を設けている。
米国のオバマ大統領、ドイツのガウク大統領など欧米の首脳が早い段階から五輪開会式への不参加を表明していた。その背景となっているのがロシアで昨年成立した同性愛宣伝禁止法だ。これはプーチン大統領のイニシアティブによるものだ。
プーチンは同性愛者に対して明らかに偏見を有している。首相時代の小泉純一郎氏がプーチンと良好な信頼関係を構築することができなかったのも同性愛問題が関係していると筆者は見ている。この点について、外務事務次官を務めた谷内正太郎氏(現・国家安全保障局長)が興味深い証言を残している。以下は同氏の講演録からの引用である。
〈(小泉氏と)プーチン大統領との間は必ずしもうまくいかなかったです。別にケンカをしたわけではないのですけれども、最初に会ったとき、イタリアのジェノバだったと思うのですけども、小泉さんがお国にはチャイコフスキーという素晴らしい音楽家がおられますねと話を始めたのです。ところがプーチンは、ひょっとしたらチャイコフスキーのことを知らなかったのかもしれないのですけれども、まったく反応しなかったのです〉(谷内正太郎『志ある外交戦略』、國民會館、2010年、42頁)
とした上で、2回目の首脳会談についてはその前日に小泉氏がボリショイバレエを特等席で鑑賞したことを説明し、こう続ける。
〈次の日の首脳会談のときに、小泉さんは「きのうはボリショイ劇場でチャイコフスキーの素晴らしいくるみ割り人形を見せてもらった。素晴らしかった」と(中略)言ったわけですね。そうしたら大統領の答えは、「われわれが誇るボリショイ劇場をほめてくれてありがとう」と、こう言ったわけです。チャイコフスキーのことは一言も言わないのです。〉(同前)
ロシア人でチャイコフスキーを知らない人はいない。プーチンはこの音楽家を明らかに嫌っている。チャイコフスキーが同性愛者として有名だからだ。