都知事選候補者は実に16人を数えた。だが大メディアが「有力候補」として報じるのはそのうち数人に過ぎない。「泡沫候補者」と呼ばれる人たちは、供託金300万円を払ってまで、どうして出馬するのか。ノンフィクションライターの柳川悠二氏がその一人、マック赤坂氏の選挙に密着した。(文中敬称略)
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真っ赤なオープンカーを渋谷・ハチ公前に横付けした初老の男は、頭上にミニーマウスのカチューシャをつけ、両手にタンバリンを持って現われた。拡声器からチャップリン作曲「Smile」を流し、自ら考案したスマイルダンスを踊り始める。彼が何者かを知らなければ、不審人物にしか映らないだろう。
「私がスマイル党総裁、マック赤坂である。若者諸君! 自由に生きるのは勝手である。しかし自由に生きるためには国民の義務を果たすべきだ」
マック赤坂は若者に向かって投票を呼びかけた。本名は戸並誠、名古屋出身の65歳である。
2007年港区議会議員選挙を皮切りに、東京、大阪の知事選や国政選挙に通算10度の出馬経験を持つ。選挙に度々出馬しては泡のように消えていく人物を俗に泡沫候補と呼ぶが、彼はその代表格だ。初出馬の動機、それは主宰するスマイルセラピーの普及だった。
「いわゆる売名だな。しかしサロンに来る人は選挙に出る度に減っている。いつしか純粋に日本をスマイルあふれる国にするのが使命になった。私がスーツを着て演説しても、誰も耳を傾けてはくれないだろ。いくら笑われても気にならない。外見だけで人を判断するような人間は相手ではない」
確かにマックの周りは常に笑顔があふれている。ただし、苦笑であり、嘲笑、冷笑だ。もしこんな男が自分の父親だったら──ついそんなことを考えてしまう。
寿司屋で遅い昼食を共にした日、これから演説を行なうというのに、彼は芋焼酎を4杯もおかわりした。選挙中に飲酒する候補者を見た有権者が何を思おうが彼には関係ない。
飲み過ぎたせいか、あるいは加齢によるものなのか、マックはやたらとトイレが近かった。平日の街頭演説はひとりで行なうため、「盗むヤツがいるから荷物を見てもらっていいか」と頼まれることしばし。コスプレに使う殿様のカツラやエンジェルのカチューシャを盗む輩がいるとも思えない。