中国にしても国家主席の習近平は国内に数多くの難題を抱えている。党内の権力闘争と軍の突き上げ、そして歪な経済成長によって生まれた格差に不満を募らせる民衆。日本と真剣に事を構える余裕などなくなっているのが本音だ。
中国という国家は面白いもので、末端に至るまで共産党の意思に逆らうことができない。2010年に起きた尖閣諸島漁船衝突事件の頃から、外交部の人間を含むそれまで付き合いのあった複数のインフォーマント(情報提供者)からのコンタクトがパッタリと途絶えた。日本がどのような姿勢を取ろうが反日の旗は降ろさないというのが中国共産党の意思だったわけだ。
昨年末、そのインフォーマントたちから立て続けに接触があった。3年ぶりに互いの状況を探り合うようなやり取りをしたが、共産党政府の姿勢に変化があったと考えられる。中国は複数のチャネルで日本とコンタクトを試みていて、水面下で関係改善の道を探り始めていた。それは国内の窮状が切迫していることの裏付けでもある。
もちろん中国という国家はすり寄ってきたからといって油断がならない存在だ。しかし、情報と戦略を持って対峙すれば、領土を含め有利に交渉を進めるチャンスとなるはずだった。今回の参拝でその芽も当面は潰えた。結局、自己満足の愛国パフォーマンスには外交戦略的な視点が欠落していることが問題なのだ。
さらに重要なのは、安倍がアメリカの反応を読み違えたことである。参拝直後には米国大使館が「失望した」とのコメントを発表。私が失望したのは安倍が事前に側近を訪米させて参拝した際のアメリカ側の反応を探っていたことだ。反応を探った上で「問題ない」と判断して参拝し、予想以上の反発を受けて驚いているのだから絶望的な情報センスの無さだ。
人間は弱い生き物だから、曖昧な返事を受け取ると自分に都合のいいように解釈してしまう。参拝に前のめりの取り巻きに情報収集をさせても、アメリカの正確な反応を予測できるはずがない。安倍にはそのことがわからなかった。
※SAPIO2014年3月号