ひとまわり以上年下の、中国からやってきた20 代のお嫁さんと40 代オタク夫との日常生活を描く人気ブログが原作の『中国嫁日記』(KADOKAWA エンターブレイン)著者の井上純一氏が、玩具製造会社の仕事のため広東省東莞市へ移住してもうすぐ2 年になる。中国生活に馴染み始めた井上氏に、中国で生活する上でもっとも苦労しているネットの遅さと、中国ネット民と中国人民解放軍との攻防について聞いた。
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――中国はネット大国と言われているのに通信速度がとても遅いそうですね。
井上純一(以下、井上):光回線で8メガ、ADSL で6メガしか出ません。日本なら100メガが当たり前なのに。それでも我が家は8メガADSL を引けたのですが、正確にはマンション全体で8メガらしいです。なので、他の部屋の人が回線を使うととてつもなくのろくなる。私のツイートが明け方に多いのは、みんなが寝ていてネットが速くなるからです。でも、たいていの家の通信環境は2 メガしか出ないと妻の月(ゆえ)に言われました。
――中国といえばYouku や56.com など動画サイトの人気が高いのに遅いままなんですね。
井上:中国の動画サイトはすさまじく解像度が低いですよ。でもまあ、中国の人にとっては観られるだけでいいんですよ。
先日、国営放送の中国中央電視台(CCTV)で「夢の100メガ生活」という特集をしていました。政府がネット環境向上キャンペーンを始めていて、実験的に100メガの回線が引かれている家があります。その家の人たちがインタビューで「映画があっという間にダウンロードできるんです」と嬉しそうに答えていました。そりゃあ今の2メガから比べれば夢かもしれないけれど(笑)。
――遅い上にサイバー万里の長城と皮肉られるネット検閲システム「金盾」があって、中国のネットは普及に反比例して不便ですね。
井上:検閲されない通信をしたいときには、バーチャルプライベートネットワーク(VPN)という技術を使うのが一般的ですが、そのネットワークに金盾は負荷をかけてくるんです。VPN は暗号を使って接続するのですが、その解読は事実上不可能です。内容を検閲できないくらいなら通信そのものをつぶしたい。だから金盾はVPNのような通信が発生している状況を探知して、自動的にその通信へ負荷をかけ、速度をとてつもなく遅くするんです。
遅すぎてまともに使えなくなるからVPNをつぶすのに成功するわけですが、この機能は作動するまでに時間がかかります。だから負荷が重くなると別のVPNに切り替え逃げ回るという使い方をするんです。金盾は、中国の電脳世界を支配するやっかいな虫みたいなものですよ。この追いかけっこは、まるで1980年代に流行したSF、たとえば『ブレードランナー』や『AKIRA』のようなサイバーパンクの世界なんです。
――香港ならともかく、中国本土にサイバーパンクというイメージはなかったですね。
井上:現実の中国は貧富の差が本当に大きい。そして都市が無秩序に拡大するスプロール化が起こり発生した貧民街と、金持ちだけが住み、その中で生活が完結する巨大建造物のアーコロジーという相容れないエリアが出来上がっている。そして、私のように当局、金盾と追いかけっこする連中がいる。あと、画面を覆い尽くすスモークとか、1980年代に流行ったサイバーパンクの世界は今、中国で実現している感じです(笑)。
私はVPNに負荷をかける金盾しか知りません。でも中国版ツイッターと言われる新浪微博(シナウェイボー)などSNS系で活動している人は、実質的な脅威にさらされている。人民解放軍電脳部隊の軍人たちが直接、危ない書き込みを見つけて消したり、書きこんだ人を逮捕したりしているのですから。中国には自由なネットは存在しない。