直線的なフォルムの金属製のボディに、角ばった大きなペンタプリズム。露出補正やシャッタースピードの設定は、ダイヤルをカチッ、カチッと回しながら行なう昔ながらの方式──。いまや「家電化」しつつあるデジタル一眼レフカメラ市場にあって、こんな“懐かしい”姿のデジカメが爆発的に売れている。
その名はニコン『Df』。この大ヒット商品を生み出したのは、社内の異才たちが集う“梁山泊(りょうざんぱく)”を束ねる男だった。
「ニコンの存在価値とは何か? そんな『ニコンのDNA』を模索し、維持・向上させるのが、『後藤研究室』に課せられたミッションです」
『Df』の生みの親である後藤哲朗はそう話し始めた。彼の肩書きは、「フェロー」、そして「後藤研究室長」である。
「デジカメ市場は家電メーカーが続々と参入し、競争が激化しました。しかも、電子デバイスや無線通信といった技術は、彼らのほうが我々よりも遥かに先行している。そこで私の研究室では、『ニコンのDNA』を発揮させ、本当のカメラ好き、写真好きを満足させられる、“ニコンらしいデジカメ”を開発しようと考えたのです」
2009年10月、研究室のあるベテランメカ屋が、後藤のところに1枚のアイデアスケッチを持ってきた。それは、研究室内で重ねられた議論を集約したもの。
方眼紙にフリーハンドで描かれた3面図だった。それを見た後藤の目は、釘付けになった。そこに描かれていたのは、直線的なデザインに大きなダイヤルを備えた、「写真機」とでも呼びたくなるようなカメラだったのだ。不朽の名機『F』をも彷彿とさせるフォルムは、まさに探し求めていた“ニコンらしいデジカメ”の姿だった
後藤は、このアイデアを実現させることを即決した。