【著者に訊け】芦崎笙(あしざき・しょう)氏/『スコールの夜』/日本経済新聞出版社/1575円
現役財務省参事官が家族にも黙って綴った「組織における個人の葛藤」──。第5回日経小説大賞受賞作『スコールの夜』で、特に興味深いのが、著者・芦崎笙氏同様、東大法学部出身のエリートたちの造形だ。
まずは帝都銀行初の女性総合職として入行し、現在は総合企画部で関連事業室長を務める主人公〈吉沢環(たまき)〉。その10期後輩で、本店営業第一部で活躍する〈河原明日香〉。そして環が手がけるあるいわくつきの子会社の人員整理を法的にサポートする、川田総合法律事務所のエース〈石田晃嗣〉……。
自身の能力が適正に評価されたこれまでと異なり、様々な力学が渦巻く企業の現実に彼らもまた呑み込まれ、そこで行使される正義さえ〈ひどくあやふや〉だ。が、積もり積もった戦後社会の澱(おり)も含め、清濁併せ呑むのが「現代のお仕事」。その中で悩み、働かないと生きていけないのは、彼らエリートとて同じなのだ。芦崎氏はこう語る。
「もともとは平成8年かな、省内が住専問題や官僚バッシングで揺れていた頃に、自分が今後組織の中でどう仕事をしていくべきなのか考え直したことがあって、20数年の間に溜まった澱が花粉症みたいに閾値(いきち)を超える形で、7年程前に小説を書き始めた。40半ば過ぎて小説を書き始めたなんて、恥ずかしくて誰にも言えませんでしたけど(笑い)」
過去2回の応募作品でも生殖医療や臓器移植、家族やメディアの在り方を問い、いずれも社会性が高い。
「結婚制度や脳死臓器移植、マスコミという権力の監視システムにしても、当初の目的と現状が乖離し、国民を幸せにするどころか逆に苦しめる場合もある。そうした制度と現実のひずみを、フィクションの力を借りて可視化したかったんですね。
今回扱った男女雇用機会均等法でも、環世代と明日香世代では相当実態も違うだろうし、男性側の意識や、既に管理職になった環世代が単なる“お飾り”ではなく、企業が歴史的に抱えた暗部に本当に踏み込んでいけるかどうかも、小説に書くことで確かめたかった」