【著者に訊け】中野京子氏/『名画に見る男のファッション』/角川書店/1500円+税
あえて乱暴を言うなら、絵画ほどウソをつく表現も珍しい。裏を返せば、絵画ほど人間の真実を炙り出す媒体もないということだ。
古今東西の肖像画が政治目的やプロパガンダなど、“見せたいものを見せる”ために描かれたのは周知の事実だが、では“絵の中のファッション”に私たちは何を読み取るべきなのか? “絵を読む眼力”にかけては『怖い絵』シリーズ等で定評のある中野京子氏が、男のオシャレに絞って推理を試みたのが、『名画に見る男のファッション』である。
〈百年ほど前まで、脚線美という言葉は男性の専売特許だった〉〈脚を隠すというそれ自体が体制への強烈なプロテスタント〉などなど、装い一つにも歴史は宿り、一つ一つは短いエッセイの行間に生々しい時代の息遣いを感じさせる名画探偵の筆にかかれば、絵ほど雄弁なものもないのである。
「絵は言葉」だと中野氏は言う。文法や語義を知らなければ読めないのは道理だ。中野氏はこう語る。
「よく美術の授業では絵を感じなさいと教えるでしょ。特に日本は西洋絵画を印象派から取り入れたこともあって、余計な知識なんか持たない方がいいんだって。でも少なくとも印象派以前は色一つにも意味があったわけで、それをただ感じろと言われても困ってしまう人が特に男性には多い。
実は私の本も男性読者が多く、美術館で所在なさそうにしているうちの夫が面白く読めるかどうかが一つのバロメーター。つまり絵の楽しみ方は人それぞれでよく、歴史や文化から入る方が理解が深まるという人も、いていいんです」
本書では計30点の名画がカラーで掲載され、ファッションが女より男のものだった14~20世紀初頭のヨーロッパ絵画が、主な対象だ。
「今でこそIT企業の社長がジーンズ姿で人前に出ますが、人を外見で判断できなくなったのは最近のこと。歴史的に見ればファッションはその人の地位や階層を物語る記号で、特に男性は権力や財力を服装で誇示した分、なぜそこまでと思うくらいトコトンやる。実際19世紀までは女性より男性の方が派手で、そうした事実一つとっても意外と知られていないんです」