【著者に訊け】泉麻人氏/『大東京23区散歩』/講談社/2400円+税
〈東京はちょっと目を離したスキに変わってしまう〉と、泉麻人氏は書く。特に東日本大震災を機に建物の改築や再開発が進む今、〈防災と文化の一致〉というのは本当に難しいと。
〈開発されちゃったら、あっさり諦める──というのが私の信条です。変わってしまったからこそ、古い町並を記録した写真集を眺める愉しみも生まれます〉
さすがは達人だ。失意や郷愁は極力胸に留め、今あるものを淡々と見て、町を流す──。それでこそ本書『大東京23区散歩』は平成26年の町の記録たりえた。千代田区から江戸川区までを螺旋状に歩くこの試みは2009年から丸4年を費やし、現状確認にはさらに1年をかけた念の入れようである。いうなれば東京愛の脱構築。いや、一々大仰に構えないのが、泉流なのだった。
泉氏にとって東京は地元。昭和31年新宿区落合に生まれ、港区三田の慶應義塾に通い、中央区旧小田原町のビルの一室で雑誌の編集に明け暮れた会社員時代にはこんな思い出も。
〈あるとき、大きなゴキブリが出現、私がブリキのゴミ箱で見事に掬いとりました。そこまでは良かったものの、窓からなかのゴキブリだけ外に放り出そうとして、うっかりゴミ箱ごと川に放り投げてしまった……そんな築地川もいつしか埋められてしまいました。いま駐車場になっている地底に、あのゴキブリとゴミ箱が埋没している幻想がふと浮かびます〉
「散歩する以上“町対自分”の目線で歩きたいですから。ただしこのゴミ箱の件も築地川の暗渠化を語るのに最適だから書いただけで、終始散歩のリズムは大事にしたつもり。一々思い出に浸っていられるほど、23区踏破は甘くない!(笑い)」