【著者に訊け】田崎健太氏/『球童 伊良部秀輝伝』/講談社/1600円+税
その突然すぎる幕切れを、私たちは予め知っている。それでも彼、伊良部秀輝の、不器用なだけに純粋な野球への思いや、壊れやすく繊細な魂の輝き、そして時に覗く茶目っ気が、読む者を捕えて放さない――。田崎健太著『球童 伊良部秀輝伝』はそんな評伝だ。
著者は生前の彼に〈最後に話を聞いた人間〉であり、これまでにも勝新太郎など、一癖ある人物の評伝を手がけてきた。巷間伝えられる醜聞の類には騒動を騒動としてのみ煽った報道も少なくなく、実像や本質を何ら伝えてはいないからだ。
しかし本人に二度と話を聞くことはできない以上、周囲の証言を頼りに人物像を彫塑(ちょうそ)する他なく、田崎氏は伊良部を知るための旅に出る。尼崎、香川、沖縄、NY、そして最期の地ともなった西海岸の青い空……。一言で言えばそう、伊良部とは可愛い男だったのだ。
「元々僕はヤンキース移籍の際に代理人を務めた、団野村氏の本を書くつもりで取材を始めたんですね。ある時、ロスの団事務所で働く星野太志氏と食事をしたら、引退してロスにいる伊良部さんを彼が担当しているらしく、ぜひ会いたいという話になった。以前、伊良部さんを取材した記者から『噂と随分印象が違う』と聞いて以来、どんな男なのか、興味があったんです。
そして2011年5月、ロスで話を聞いたんですが、意外に知的というか、投球術の話にしても非常に論理的でわかりやすい。一方出自や生き別れた父親の話になると急に嘘が混じり、厄介な取材対象でもありました」
それでも再取材を依頼すると〈いいですよ、連絡ください〉と彼は笑顔で答え、その2か月後、命を絶った。野球教室以外やることもなく、〈ミッドライフクライシスになっちゃった〉と引退後の虚無感を語った42歳の元メジャーリーガーの死を、しかしメディアはスキャンダラスに書き立てるばかりで、〈ぼくが会った伊良部の面白さ、繊細さ〉は感じられなかったという。
「その1年後かな。『なんか遺骨とか相続の話ばかりで、悲しいですね』って星野さんや団さんと話して。誰も本当のことを書かないなら、僕が書こうと」