試合当日にも、大統領候補がマスコミを引き連れ、選手を前に演説をぶつ姿を取材させた。一般の国民も宿舎周辺に集まり、夜中まで「ブラジルが優勝するぞ!」と絶叫した。
だが。7月16日、マラカナンスタジアム(リオデジャネイロ)で悲劇は起こった。ブラジルは後半開始早々先制点を挙げるが、立て続けに2失点。この大会のために建設された世界最大のスタジアムに詰めかけた20万人の観客が不気味なほどに沈黙した。そして試合終了。
2失点目のとき、ラジオ中継を聴いていた男性がショック死し、試合終了直後の混乱の中、会場周辺で百数十人が怪我をし、気分が悪くなった。だが、優勝していたら数十人規模の犠牲者が出ていたはずだと著者は書く。ちなみに、ウルグアイでは試合直後の喧噪の中、5人が死亡した。
敗北はブラジルサッカー界ばかりか、社会そのものに暗い影を落とした。周知のように、ブラジルは先住民インディオ、欧州などからの移住者、アフリカ系黒人などが人種的、文化的に混合した国で、〈このことが「雑種」として捉えられ、一種のコンプレックスとなっていた〉。
それはいったん潜在化していたが、敗戦を機に再び社会的にクローズアップされた。“戦犯”と非難されたGKが黒人だったため、〈「黒人は精神的に不安定で、重要な場面で決定的なミスをする」という偏見〉も顕在化したという。
世界最大のスポーツイベントと称されるサッカーW杯の存在の大きさを十分に感じさせる作品だ。
※SAPIO2014年7月号