【著者に訊け】藤田宜永氏/『女系の総督』/講談社/1750円+税
藤田宜永著『女系の総督』を読みながら、こんな計算式が浮かんだ。よくある話×よくある話×よくある話……。果たしてその合計は、「よくありそうでどこにもない痛快家族小説」だった。
「嬉しいなあ。実はこれ、俺の初家族小説なんだけど、自分は1人っ子で、女系でも何でもない。小説は詩や抽象画と違って、俗的なものとの付き合い方がとても重要だと思ってます。俗的すぎても、高邁(こうまい)すぎても駄目。家族のあり方って矛盾の塊だし、すごく生々しい。それとたおやかに向き合える小説が書けたのは、歳を取ったからでしょうね」
主人公は出版社で文芸担当役員を務める〈森川崇徳〉59歳。通称ソートク。16年前に妻を乳がんで亡くし、男手一つで育てた3人の娘〈美千恵〉〈小百合〉〈朋香〉も、それぞれ30歳を過ぎた。
江東区冬木にある森川家には85歳の母〈基子〉や仙台に嫁いだ妹の娘〈香澄〉が住む他、近所に住む元CAの姉〈昌子〉も何かと顔を出し、孫や猫まで女だらけ。そんな肩身の狭い境遇にもめげず、女たちの〈交通整理〉に励む彼のしなやかな存在感は、現代の上司論、リーダー論にも通じる?
「ある人が巧いことを言ったな。彼は男系家族らしいんだけど、『女が1人でもいれば立派な女系です』って。家庭に限らず、女子率の高い職場になればなるほど、この手の能力は必要らしい。特に母親役も務める崇徳は普通父親には話さない娘たちの悩みを訊き、性生活の実態まで小耳に挟む(笑い)。その〈女の中の男〉を生き抜く力って結構いろんな場面で使えると思うんです」
そう。〈吾輩は男である〉と冒頭にあるように本書は単なる姉妹物や女系物ではなく、その渦中に放り込まれた「男の物語」である点が新しく、かつ面白いのだ。元材木商の森川家は代々の女系。婿養子だった父は、大きくした店を移転の際に賃貸マンションに変え、母の口癖は今も〈お父さんはえらい〉だ。
そして現在の森川家にはフリーアナウンサーで独身の次女・小百合や、昆虫のフェロモンを研究する学者〈鉄雄〉と結婚した三女・朋香が夫や娘共々暮らし、長女・美千恵だけがそこにいない。
妻の生前、崇徳は女性作家〈佐久間志乃〉に誘われるまま関係を持ち、彼女が自宅まで押しかける修羅場に発展。結局志乃とは別れたが、美千恵は母親が不幸だった原因は父親にあり、と決めつけ家を出た。鳶職を経て今は競艇選手になったらしいが、崇徳には一切、連絡はない。