端正な容姿とすらりとした姿で注目を浴びた俳優座でのデビューから半世紀以上の時を経て、俳優・平幹二朗は狂気にとりつかれた人間をよく演じる役者としても知られるようになった。異形の人間を演じることについて平が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる連載『役者は言葉でてきている』からお届けする。
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平幹二朗は1978年、蜷川幸雄演出の『王女メディア』に主演している。人形作家の辻村ジュサブローがデザインした、乳房を剥き出しにしたような毒衣装に身を包んだ異形の女形の姿は、観客に衝撃を与えている。
「その前に坂東玉三郎さんと『マクベス』をやりましてね。僕がマクベスで玉三郎さんがマクベス夫人でした。その時、僕は一生懸命に台詞を言っていたのですが、前の客席に目が行ったらご婦人方が台詞を言っている僕を見ないで、ジッと耐えている玉三郎さんを見ているんです。
それは玉さんの美しさはもちろんあるのですが、ジェンダーを超えた存在の摩訶不思議な感じが好奇の目を引くんだと思いました。それで、僕も女形をやってみたくなったんです。
というのは、古典劇をやる時、解釈上の間違いがないように文献を紐解いたりして正しく演じようとする自分に壁を感じていまして。それを打ち破るにはジェンダーを変えるのも一つの方法だと。女を演じる場合、全ての一挙手一投足に新たな意識を持ってやらなきゃならないですから。
だけど、僕は大きすぎるし、日本舞踊の素養があるわけでもない。でも『王女メディア』なら、女の恐ろしさの極限をやり方によっては僕の肉体でもできるんじゃないかと。
演技としては、泣き叫んで舞台を転げ回るとか、女形では本来やるようなことではないことを、あえてやろうとしました」