日本の高度経済成長とともに急増し、サラリーマンの胃袋を満たしてきた「立ち食いそば」。手間ひまかかるそばを驚くべき安さで提供できるのはなぜか。ジャーナリストの鵜飼克郎氏がレポートする。
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立ち食いそばには知られざる秘密がいくつかある。そのひとつが、そば粉の割合だ。 「割り粉(小麦粉などのつなぎ)もそばのうちというように、歯ごたえなどを考えれば小麦粉を2割混ぜた『二八そば』が一番うまいといわれている。ところが、格安の立ち食いそばには比率が正反対の『八二そば』が多く存在する」と都内の大手製麺業者が言うように、実は多くの立ち食いそば店では「そば粉」と「うどん粉」の逆転現象が起きている。
その理由は、両者の値段に大きな開きがあるからだ。そば粉の多くは輸入品で、相場は1kgあたり約450円(国産品は2倍)。小麦粉は半額以下の200円である。
「国の補助がある国産そば粉の価格はここ数年下がっているが、中国や北米からの輸入品は値上がりを続けている」(全国蕎麦製粉協同組合)
そば粉が値上がりすれば当然、コストもかさむ。つまり、安さを売りにする立ち食いそば店が儲けを確保するためには、そば粉の割合を下げざるを得ないというわけだ。それにしても、そば粉がたった2割しか入っていないのに「そば」として提供することに問題はないのだろうか。消費者庁に確認したところ、
「スーパーなどで売っている乾麺、干しそばは、そば粉の含有率が3割未満であればそれを表示することが日本農林規格(JAS)で定められています。しかし、外食のそばにはルールがない。店員から食材についての説明を受けることが可能という前提があるからです」(食品表示企画課)
つまり、立ち食いそばでは、ほぼ小麦粉でできた「うどんのような麺」でも“そば”として提供が可能なわけだ。こうした麺を作る場合、もっとも苦労するのは「色」だという。前出の製麺業者が打ち明ける。
「小麦粉が多いとそばの色が白くなるため、着色料を使って“そば”らしい色にする。さらにそばの香りを出すため、そばの実の殻に近いエグみのある部分を混ぜる。このようなテクニックを使えば、機械製麺なら1玉30円以下で店に納入することができる」
参考までに、首都圏で展開する2大チェーン店にそば粉の比率を聞いた。
「石臼引きのそば粉4、小麦粉6です。昔はそば粉2、小麦粉8でしたが、そばの色を出すためにこの割合にしました。自社工場から生そばを店に納入し、釜で茹でたあと冷水で締めています」(富士そば=首都圏101店舗)
「そばは製麺機で店舗ごとに1日2回作っています。初期投資はかかりましたが、結果的に経費削減ができた。そば粉の割合は同割り(5割)です」(ゆで太郎=同136店舗)