今日開幕した夏の甲子園で、ひとりの人物の「動向」が高校野球ファンの間で注目を集めていた。NHKアナウンサー、小野塚康之さん(57歳)である。その良い意味でNHKらしからぬ熱い試合の実況は、ネットに「まとめサイト」が出来るなど、多くの視聴者の心をつかんでいる。昨夏は異動の関係で実況担当を外れたが、今年は復帰、さっそくネットで歓迎の声が上がった。「私は日本野球株式会社の広報担当者」という小野塚さんに、「高校野球中継の心」を聞いた。(取材・文=フリーライター・神田憲行)
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小野塚さんの実況中継で私の印象に残っているのが、2007年の夏の甲子園決勝、佐賀北対広陵戦だ。佐賀北の副島選手の逆転満塁弾が出たあと、広陵のエース野村のピッチングが乱れ始めた。ここまで頑張ってきたのに、ここで崩れてしまうのか、と試合を見ていて切ない気持ちになっていた私の耳に、小野塚さんの声が飛び込んできた。「野村頑張れ、頑張れ」。自分の気持ちをそのまま言ってくれているように感じた。
--片方の選手にアナウンサーが「頑張れ」と声援を送ったことについて、「公平中立の立場からしておかしいのではないか」と言った私の取材仲間もいました。あとで局内でなにか言われました?
小野塚:いえ、全然。たしかにそこだけ取り出せば「公平中立」ではないかもしれませんが、僕はその試合の中で佐賀北を声援するフレーズも言っています。つまり引いた立場からの「公平中立」ではなくて、僕の場合は入れ込んで「両方とも頑張れ」という立場での「公平中立」なんです(笑)。
--やはりそういう言葉はとっさに出てくるものなんですか。
小野塚:そうですね。事前に用意しておく言葉もあるんですが、僕、実況中に我を忘れることがよくあるんですよ(笑)。98年の明徳義塾対横浜戦(横浜の逆転サヨナラ勝ち)を実況したあと、解説の方から「小野塚ちゃん、鼻水垂らしながら絶叫してたよ」とからかわれました(笑)
私事のついでにさらにいうと、小野塚さんと一緒に取材していて印象に残った光景が二つある。ひとつは試合前に両校の監督選手に話を聞く「試合前」取材。小野塚さんは投手から「持ち球はスライダー」と聞くと、「それはタテ?ヨコ?」と必ず細かく訊ねる。
小野塚:やはり出来るだけ正確に伝えたいじゃないですか。ただ「変化球をセンター前ヒット」というんじゃなくて、「スライダーをセンター前に」とか。解説の方に話を振るときも、「ここで決め球はなんですか」というより「この投手の変化球はタテのスライダーとカーブがあります。どれを選択するでしょうか」とか、整理した上で話を振りたい。
--あと、試合後の取材で、負けた方の監督さんに話を聞いている光景も見ました。負けた学校はもう試合に出てこないので、実況担当アナが取材する必要は無いはずです。あれはなにを聞いていたんですか。
小野塚:野球理論とか作戦についてですね。どのタイミングでヒットエンドランのサインを出すのかとか、自分の勉強のための取材です。でも実際に実況しているときは、あまり自分が調べたデータを喋りすぎないことも大切なんです。
--どういうことですか。
小野塚:これは私がフランスのアルベールビルで開かれた冬季五輪で学んだことです。橋本聖子選手の全盛期で、僕は彼女の記録を一生懸命調べあげていって、実況でとうとうとそのことを語っていたんです。しかし一緒に行ってた先輩アナの内藤勝人さんは「ニッポンの、橋本聖子」、ただこれだけ(笑)。これだけで橋本さんの存在感がグワンと伝わるんですよ。見ている人聞いている人にそれだけで橋本さんの絵が浮かぶ。いやこりゃ参ったな、と。アナウンサーは言葉のトーン、「間」だけで伝えることも大切だなと思います。
--他に実況中継で気をつけていることはありますか。
小野塚:使っている人を否定するつもりはありませんが、僕は「セオリー」という言葉はできるだけ使わないようにしています。