イルカ漁で知られる和歌山県の太地(たいじ)町だが、年間で数十頭のイルカを輸出していることはあまり知られていない。主に水族館向けなのだが、輸出までの期間、イルカにストレスがかからないよう生け簀で飼育し、しかも人間に慣れさせるトレーニングを施すノウハウがあるのは世界でも太地町だけといわれ、海外でも人気が高いという。
財務省の貿易統計には鯨類(くじら目および海牛目)の輸出数と輸出先が記録されている。調査捕鯨しか行なっていない大型のクジラや海牛目(ジュゴン)が日本から生体で輸出されることはなく、千葉県など他のイルカ漁をしている地域では生体販売していないので、統計の数字はそのまま太地町から輸出されるイルカの頭数と見ていい(日本の水族館から海外の水族館に輸出されるケースがごく稀にある)。
過去5年間を見ると輸出数は1年で70~80頭ほど。輸出先の内訳では、急速な経済発展で水族館建設がブームとなっている中国向けが30~50頭と最も多い。
そのなかに、意外な大口輸出先が登場する。ウクライナとロシアだ。統計によると、13年にはウクライナに20頭、ロシアに15頭が輸出された。2010年にもウクライナに16頭が輸出されている。イルカ輸出にかかわった仲介業者が語る。
「ウクライナに3つ、4つほどしかない水族館用にしては数が多すぎる。とはいえコストをかけて生体輸入しておいて、食用にするとは考えられない。軍用目的だと聞いている」
防衛省関係者が解説する。
「イルカにはソナーのような音波を出して水中の機雷を発見する能力がある。最大300メートルまで潜れる潜水能力もあり、工作活動のために港内に侵入する“フロッグマン”と呼ばれる敵のダイバーを発見することもできる。アメリカや旧ソ連は1970年代から軍事利用を研究してきた。米海軍は湾岸戦争やイラク戦争で実戦に投入し、潜水艦の護衛や機雷の掃海、偵察などに利用したようだ」
イルカに毒矢を放つ装置や爆発物を取りつけるなどしてダイバーを攻撃することも研究されてきたといわれる。イルカは強力な生体兵器なのだ。
ウクライナとロシアが緊張状態にあることは周知の通りだ。今年2月、親ロシアのヤヌコビッチ政権が反政府デモによって倒れたことをきっかけに、ロシアのプーチン大統領が南部のクリミア半島を編入。
その直後の3月、興味深いニュースが流れていた。国営ロシア通信によると、クリミア半島の軍港都市セバストポリで飼育されていた「軍用イルカ」がロシア海軍に接収されたという内容だった。