その意味で併せて含蓄深いのが2008年の著書『ポケットは80年代がいっぱい』だ。15歳で上京後、アングラ文化の渦中に身を置いた氏の個人史を軸に、既存の権威を壊し、脱構築を模索した時代の律動を伝える一冊だ。
「多少壊しすぎたかもしれないと中沢新一さんは言いますけど、少なくとも今みたいに正論っぽい圧力の前で牽制しあう薄気味の悪さはなかったと思う。例えば田中康夫さんが岩波文庫もJJも等価だと言って価値のヒエラルキーを壊した後、お金という宗教や経済的成功が最高権威として君臨してしまった。
そして経済大国神話も揺らいだ今、新たな寄る辺として編み出されたのが『私たちの日本だけが凄い』なんでしょうけど、事実を歪めた報道やそれを鵜呑みにした集団催眠状態が70年前に何をもたらしたか、日本人が知らないはずはないんです。
こうなると原発事故にも懲りない日本人は戦争まで突き進みかねない。客観性を失うのはそれほど恐いことで、せめて“劣化”と言い続けるしかないんです」
いざという時に耳に心地よい言葉より、そうでない言葉を吐く人の方が、信用できるのはいまさら歴史を繙いてみるまでもないことだろう。
【著者プロフィール】香山リカ(かやま・りか):1960年北海道生まれ。東京医科大学卒。精神科医。現在は立教大学現代心理学部教授の傍ら診療所の勤務医も務め、執筆やテレビ出演に多忙な日々を送る。『ぷちナショナリズム症候群』『仕事中だけ「うつ病」になる人たち』『しがみつかない生き方』『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』など著書多数。最近は吉田類氏のDVDにハマる。「居酒屋情報より世のオジサマ方を惹きつける彼の存在感に興味がある」。159cm、B型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年9月12日号